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 アウトドアに慣れている山田さんにとって、なんということもなかった。 頂上は見晴らしのいい展望台になっていて、平日ということもあり、登山客の姿はほとんど見られず、途中、数人と挨拶を交わす程度だったそうで、その場には山田さん、独り。なんだか貸切のようで、気分がよかった。  他の人がいれば控えるが、今は山田さんただ独り。せっかくだと思い、展望台に身を乗り出して、見晴らしのいい景色に向かって声を上げた。 「ヤッホーッ!」 『ヤッホーッ!』  やまびこが答えてくれた。  とてもきれいに聞こえたので、何度か試してみたが、やまびこはその都度、答えてくれたのだそうだ。  満足した山田さんは、展望台を離れようとした。  そのとき、聞こえたのだそうだ。 『気をつけて』  その声は確かに聞こえたそうだ。だから、山田さんは思わず、「え?」と、後ろを振り返ってしまったという。けれど、後ろには誰もいない。いままで見ていた景色があるばかりだった。 (空耳だろうか?) 山田さんは自分の耳を疑いながらもまた前を向き、登ってきた道を下り始めた。 登山道は一本道だった。  一本道のはずだった……。  けれど、気づいたときにはもう、そこはどこかもわからない森の中だったそうだ。     
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