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火檀友梨
「コーちゃん! もうやめてっ! もういいのっ!! イヤァ―――ッ!!」
オレの寝室で彼女が発した言葉と、彼女の肉体とベッドを濡らした彼女の体液がオレの脳裏を宿った。
全く不謹慎極まりないことだが、オレにとっては重要だ。
色々と思い起こせたのできっと記憶は完全だと自信を持てた。
ヒトには防衛本能がある。
しかし、それを予測できなかった場合、ひどいダメージを負うことになる。
ボクシングで言うとカウンターがそのひとつだ。
相手に向き合っている。
相手がパンチを出す。
『ああ! これはもらってしまう!』と思った時、ボクサーは防衛本能と取る。
これは訓練で積み重ねたものと、天性の反射神経によるものがあるが、重いパンチ、強いパンチをキレイにもらっても耐えられる場合があるのだ。
だがカウンターは違う。
全く予測していなかった場所、それは『スキ』となる。
その部分にまさかパンチをもらうとは思わなかったボクサーは、こんなことなど考えるまもなく放心してしまうのだ。
そして身構える間もないため、ひどいダメージを食らってしまう。
空手や武道でも同じことが言える。
特に空手などの打撃系は、相手の死角に回りこむと非常に有利となる。
見えない場所からの一撃は、カウンターほどではないが耐え難いものとなるだろう。
格闘技などと同様に、普通に生きている人々にも『覚悟』さえあれば、あまりショックを受けなくて済む場合がある。
今まさにオレはその状態だ。
オレは死んだ。
しかしオレはこの状況をすぐに受け入れた。
そしてオレが今どのような状況にあるのかを冷静に考えた。
オレは何らかの方法で殺され肉体を奪われた。
あまりにも非道な行いに、殺人者に対し復讐のようなものを遂げ、オレの愛する女性の下に向かっている。
オレが死んで悔やむのではなく、今何をすれば愛する人が慌てずに驚くことなく悲しまなくて済むのか、それだけを考えているのだ。
幸いオレには相棒ができた。
オレの右手に握られた、…多分、魔法の杖だろう。
オレには詳しいことはわからないのだが、様々な物体をこの杖に引き寄せることが出来る優れものだ。
オレが死んだと理解した時、オレがオレであるという証明ができないことをすぐに悟った。
そしてオレは探し回った。
オレには何も触れることができなかったからだ。
しかし、それはすぐに見つかった。
ただの棒切れ。
長さは30センチもない。
オレの手のひらの一番長い部分は20センチを超えるので、25センチと言ったところだろうか。
この相棒は役に立つ。
ブリキのロボットはもちろん、重い乗用車も軽々と吸い付ける。
オレは生きている時よりも強いチカラを手に入れた。
あの高級車が杖に吸い付いていても重さを感じない。
これでオレは彼女にオレである事を告げられる。
しかし、肉体は凍り付き滅んでしまったと告げなければならない。
彼女はどう受け取ってくれるだろうか。
オレは信用されないのだろうか。
オレが彼女の立場ならどういう反応を示すだろうか。
そういう不安はまだあるのだ。
だがオレは、極力彼女に辛い想いをさせたくない。
だからなんとしても今すぐに、オレはここにいる! と、彼女に告げなければならないのだ。
彼女とはそういった約束を交わしたのだ。
オレは決して死なない、と。
友梨を決して、悲しませないと。
だが実のところ、あまりにもあっさり死に至り、痛くもかゆくもなくこの状態になってしまった。
死んだ事実は受け止めるが死んだという実感はない。
困ったものだ。
さてオレは今、どういった状態なのだろう。
唯一、触れられたのは相棒であるこの魔法の杖だけだ。
オレはオレの思うがままにオレの身体を動かせる。
身体はないのだがあるように感じる。
だが重さはない、と思う。
感覚はあるようだ。
この魔法の杖に触れると、そこにオレの身体を感じるからだ。
一番の問題はオレの記憶だ。
いろいろと思い出してみると、生きていたころの記憶が全てあるように思う。
何かと比較したわけではないので正確ではないとは思うが、何も抜け落ちていないだろう。
オレの肉体は凍り付いていた。
脳細胞は凍っているとはいえ死滅している部分もあることだろう。
そういった曖昧さはなく、生きている頃のオレとなんら変っていないと思っている。
これから友梨と合って、確かめなければならない。
ちなみに梨はオレの大好物だ。
特にオレは豊水が一番好きだ。
彼女は豊水を放水するのだ。
詰まらない事を考えた。
オレ自身をリックスさせるための、ちょっとしたジョークだ。
オレは生まれたころから順に頭に思い浮かべ、親のこと親戚のこと、その時の行動、恥ずかしい記憶、楽しかった記憶、哀しかった記憶などなど、違和感なく思い出せた、というよりも知っている。
そしてオレは記憶を頼りに彼女の住むマンションへ向かって飛んでいる。
これには記憶はない。
なぜなら空を飛んで彼女に家に行ったことがないからだ。
今のオレのナビは、彼女の住む地域の地図だ。
一度調べたことがある。
その記憶だけでオレは飛んでいる。
マンションの近くまで行けば、地上に降りればいい。
地上と空から見る風景には、大きな開きがある。
そしてオレには仲間がいるのか。
この身体になって音は聞こえる。
人の話し声も聞こえた。
車の音や電車の音もわかる。
これは一体どういうことなのか、オレの記憶と同様でわけがわからない。
一番わからないのは、オレはどうやってこの風景を見ているのだろう。
はっきり言って、わからないことだらけだ。
生きていた時となんら変わりがない自分に、きっと今オレは苦笑いしただろう。
オレの幽体仲間のことだが気配も何もない。
だがオレはこの棒によってオレの存在を証明できるだろう。
もし仲間がいて魔法の棒なり何でもいいので持っていればコミュニケーションは可能だ。
しかし何も持っていなければ、ただの透明の物体だ。
誰にも、もちろんオレにもわからない。
あの部屋でオレと同じように凍り付いていた女子学生はどうなったのだろう。
超美人のナイスバディーだったのだが、とても勿体無く思ってしまう。
仏教の教えなどでいう地獄や天国、生まれ変わりなどを体験したのだろうか。
それとも、何もない世界で何も考えることなく存在しているのだろうか。
それとも完全に消滅したのだろうか。
今のこのオレでもわからないことだらけなのだ。
もしこの棒を見て興味が沸けば、きっと飛びついてくることだろう。
そろそろ彼女のマンションが見えるころだと思うが。
ちなみに飛ぶ速度はよくわからない。
だが、各駅停車の電車と比べて今の速度は約100キロというところだろうか。
それほどに急いでいるわけではないので全速ではない。
見覚えのある建物だ。
彼女の住むマンションに違いない。
そしてオレはすぐに見つけた。
彼女は窓から顔を出し右頬を右腕に乗せ、ボーっとしていた。
オレは急いで彼女の下に飛んだ! のだが、通り過ぎてしまった。
彼女を突きぬけ、今はリビング中央にあるテーブルと同化している。
友梨は左手にスマートフォンを持っている。
本文を覗き込むと、オレを泣かせるような文章を確認した。
『今、どうしてるの? 心配しています』
昨日の夜、そして今日の朝メールをしていないので何かあったと思っているようだ。
そして当然、電話にも出ない。
オレは考える。
友梨は本文にあるメールは決して送らない。
消去して同僚のお局様の悪口に書き換えるはずなのだ。
それ以外だと季節ネタか。
そうだな、桜の季節はもうすぐだ。
オレ達はいつも三箇所ほどは毎年観に行く。
しかし今年は、一緒に楽しめなかっただろう。
きっとそういうネタを送ってくるに違いないのだ。
『今年も月見山の桜キレイだろうね。
一緒に見に行こうね!』
やはりそうきたか、オレは彼女を不憫に思った。
なんてかわいそうなヤツだお前は! などと思い彼女に触れたが、相変わらずの『スッカスカ』の空振りだ。
この相棒を使えばきっと気付かせることは出来る。
だかその前に準備が必要だ。
友梨に事実をテンポよく伝えるのだ。
友梨はオレと一緒でのろのろとしているものは嫌いだ。
イライラしてしまうのだ。
それを踏まえ、オレは準備を始めることにした。
この杖で必要なものを吸い寄せることだ。
しかしこの部屋 …汚いな… 相変わらず整理整頓が大嫌いなだな。
前回、三ヶ月ほど前にオレが片付けたのだが、それ以降片付けてないな、きっと… などと悪態をついてやった。
オレは本来の目的を忘れ、片付けに励もうなどと思ったが、当初の目的を思い出し、鉛筆やメモ帳を吸い付けることに専念した。
友梨は驚くだろうか。
本当に驚いた時の声はかなり大きい。
そして、『あの』時の声も大きい。
普段の友梨の声はごく普通だ。
話に拍車がかかると声が大きくなるのは皆当たり前のことだ。
友梨の場合、かなり大きくなるが許容範囲だろう。
彼女はハスキーではないのだが声質としては少し低い。
しかしあの時はかなり高くなる。
別人を抱いている様で、オレとしては非常に嬉しいところでもある。
さて、彼女にオレの存在を伝える第一歩としてどうすればいいのか少し思案した。
しかしオレは気付いた。
彼女がオレの方を見ていて、怪訝そうな顔をしているのだ。
怯えているようには見えない。
顔が少しブサイクに見える程度だ。
なるほど、杖に鉛筆が引っ付いてて浮いている。
これを見て動揺しているのか、当然のことだな、などと思い納得した。
オレは用意したメモ用紙に一気に書いた。
『やあ! オレ! オレだよオレ!!』
これでは詐欺師のようだ。
さすがにこれはないと思って、その下に書き加える。
『功太だよ。
友梨、悪いけどオレ死んじゃってさぁ、参ったよホント』
彼女の顔を見る。無反応だ。
いや、夢を見ている気分だろう。
時々こうやって固まることがある。
滅多にないことでもある。
オレの書いたメモを自分の方に向ける。
そして、複雑な表情でオレの方を見る。
特に鉛筆とオレの相棒に注目する。
そして友梨の口からひとこと漏れた。
「…どーして…」
そうだろう、それが正解だ、友梨だったらきっとすぐにそう言うと思った。
オレはメモ用紙を相棒を使って裏向け、次の白い面を出す。
『長くなるけどいいかな?
そうだ、テレビのニュースでやっているかも』
彼女はテレビをつけて、データ放送のニュースで検索を始めた。
オレはそれだ! と思った項目に相棒を指す。
友梨も同時にそれを押した。
『医師、殺人及び死体遺棄で逮捕。
臓器売買目的か?』
彼女は開いてそれを読み始めたが、被害者の名前はまだ公表されていなかった。
そしてまず彼女が驚いた。
「…なあに、あれ…」
テレビ画面に指を差す。
病院の入り口辺りに乗用車がひっくり返って突き刺さっている映像だ。
オレはメモに書く。
『オレと、この相棒の仕業だ』
「…そうなんだ…」
信じられない時などは、よくこの言葉を使う。
ではオレは証明することにした。
机の上にある新聞紙を杖に引き寄せ、キッチン方向に投げ飛ばした。
友梨はしっかりと見ていた。
そしてオレは、目の前のテーブルを吸い寄せ浮かせた。
友梨が気づいたところですぐに下ろした。
そしてようやく、友梨は事実に気付き、杖を抱きしめ泣き始めたのだ。
オレは安心した。
あの時のあの泣き方ではないことに。
彼女が辛くて苦しい時に泣いた姿をオレは二度見た。
あれとは全然違う。
今彼女が泣いているのは、少しの悲しみと、大きな安心だとオレは思った。
オレは彼女が泣き止むのを待った。
質問責めにあうことはわかっていたからだ。
泣いている最中に悪いのだが、オレは一部始終をメモに書き綴った。
オレがやったこと見たとこと全てと、今のオレの状態を。
書き終わる前に、彼女が正気に戻った。
オレが顛末を書いていることに気付いたようだ。
友梨はメモ用紙を先頭に戻し読み始めたのだ。
彼女は小説でも読むように、いつの間にやら鼻歌交じりになった。
これは彼女のクセで、楽しい気分の時には必ず出るのだ。
彼女はいいメリハリをしている。
オレが死んだ事実は、今の彼女にはない。
そしていきなり、彼女の平手打ちがオレの顔であろう部分に襲い掛かった。
どこを読んでいるのか見たところ、きっと凍結した学生美人の部分だと判断した。
オレは杖の中央を指で挟みこみ、謝るような仕草をした。
ああ、これは使える。
イエス、ノーだけなら、これで可能だ。
少しでも楽なコミュニケーションの方がいい、などと考えた。
「…で、あの乗用車を投げ飛ばしたわけね。
そしてすぐにここに来て… くれたん… だね…」
また友梨を泣かしてしまったが、それほどのショックはないようなので、多分これでよかったんだと、オレは思った。
これは本当の友梨の泣き顔ではないのだから。
「これから、どうなるの?」
オレは棒を横に振る。
「コーちゃんにもわかんないのね。
じゃ、他に幽霊っているの?」
友梨は興味津々だ。
目の輝きが違うのですぐわかる。
『それはオレにもわからない。
相手も透明だと思うから。
もしこの杖を掴まれたとしたら、きっと気付くと思う。
しかし、その相手がこの杖をつかめるとは限らない。
たまたまオレだけが掴めるのかもしれない』
「ふーん… あっ! いっけなぁーい!
今日休むように会社に連絡するわ!
コーちゃんの肉体が滅びちゃったからという理由で!」
いやそこは、恋人が死んだから、でいいと思うがとメモに書くことはなく思っただけだ。
10分ほど経って、彼女は再び落ち着いたようだ。
あとはオレの財産の話となり、しばらくはそのままにしておいてもらうようにした。
オレの予感なのだが、オレは肉体を手に入れられるような… 説明はできないのだが、そんな予感があるのだ。
しかし死んだことは事実なので、役所の手続きなどは友梨に任せた。
結局は財産も友梨に渡す他ない。
オレには親族はまるきりいない。
こういう時は都合がいいとオレは改めて思う。
『今から遺書でも書いておくかな、友梨に全部行くように』
「一戸建てだし、あそこに住まわせてもらってもいいかな?
マンションも捨てがたいから、あっちはセカンドハウスで!」
陽気に言われると、オレも少し傷つくのだがな、などと考えたが悲しまれるよりマシだった。
ここにはいつもの友梨がいる。
オレがオレであることをうまく証明できたようだ。
しかしやはり、友梨は声を上げずに泣き始めた。
オレは杖で友梨の肩を軽く三回ノックするようにタッチした。
友梨はそれに気付いて杖を見る。
オレは杖を咥えた。
杖は真横になる。
友梨はすぐに気付いたようだ。
そう、いつものオレ達だ。
オレと友梨はいつものように、熱いキスを交わした。
「その棒で唇にキズが付いたわ…」
友梨のキスは容赦がない。
だがやはり、いつもの友梨がここにいる。
「…ねえ…」
友梨は怒ったような声でオレの… 多分顔だろう… と思っているところを睨んでいる。
チャーミングなその瞳が大好きだよ、友梨、などと思うオレがくすぐったい。
そしてなによりも、視線が交わっているところがスゴイ! と、オレはついつい感心してしまった。
「その棒で、突っつくの… やめてよ…」
オレは友梨の大きな胸のふくらみの頂点だろうと思われる部分を交互に突っついている。
というか、半自動だ。
この相棒はオレのことをよく知っているのか、何も考えなくてもオレの想い通りに動いてくれるのだ。
友梨の左側の頂点はやさしく押さえるように。
右側は少し強めに。
友梨はやめろというが、もうすでに感じてしまったらしい。
さすがに棒相手に… とオレは思ったのだが、なんと友梨は脱ぎ始めた。
2ヶ月間… 友梨は禁欲生活を送っていたのか、いつもよりも大胆に見える。
それに公に休みも取った。
誰にも遠慮をする必要がないということだろう。
しかしオレは困ってしまったのだ。
うまく出来るのか自信はなかった。
だが、ヤル気が失せているわけではない。
オレは今までもどちらかというと彼女のオナニーマシンそのものだったから。
オレは彼女が喜んでくれるのならそれでいい。
しかし彼女はそれだけでは許さない。
同然といえば当然かなどと考える。
だからオレは、彼女が弱音を吐くまで攻め続け、オレはさっさと興奮して果てて、証拠だけを見せる。
世の男性陣はどのような交わりを楽しんでいるのかは知らないが、オレの友人によると、『かなり変わってる』ということらしい。
オレはそうは思わないのだが。
男だけが果てて女はヤラれるだけ。
それは、マスターベーションとなんら変わらない。
お互いが満足して始めて、性交渉は成立するものだとオレはいつも思うのだ。
「…ねぇ…」
どうやら我慢の限界のようだ。
友梨の顔が妖艶さを増す。
彼女のこの顔は今までほとんど見たことがない。
付き合い始めて7年なのだが、二度か三度目だ。彼女に火を付けるのではなかったな、などと今更ながらに少し後悔した。
だが、先程の相棒の動きからすると、きっとうまく行くようなそんな気がしてならなかった。
相棒用の手順は少し考えた。
きっと、今までで最高の想いをさせてやれるような気がしてならなかったのも事実なのだ。
「アアン、アア、イヤッ!!」
つい数分前のおさらいをしているだけだが、友梨は開放感に満たされたからなのか、一気に喘いできた。
これはまさかの… 『頂点攻めだけで果ててしまうお粗末極まりない結末』なのか! などとこの反応に長い名前を付けていたのだが、実は今までも一度だけあったのだ。
もう二度とないような気がしていたのだが、まさかここで披露してくれるとは思わなかった。
「ヤッ! イク、イクッ!!」
友梨は激しく痙攣し始めた。
腰を激しく上下に振る。軽く唇を咬むような仕草。
これはガマンしようとしているのだ。
だが快感の方が勝ったようだ。
一度大きく腰をそらして、そのまま数回小さく痙攣した。
そして大きく、そして小さく不規則な痙攣が始まった。
今日はいつもにも増してひどく苦しそうに見える。
この調子だときっと2分ほど続くだろう。
今友梨は快感の渦の中にいる。
オレはこの瞬間がたまらなく好きなのだ。
オレの身体は彼女の右隣にある。
彼女は上を向いてまだ喘いでいる。
オレは友梨をずっと見続ける。
余裕が出来ると友梨から話し始める。
いつもそうだ。
オレはその時を待っているのだ。
今日は異常に息が荒い。
オレは少し心配した。
強く閉じていた彼女の瞳がオレを見る。
いつもそうだ、両眼が少し寄っている。
激しい快感のあとは、こうなることが当然なのだろう。
友梨に限っての事ではない。
「…それ、すごいわ…」
オレはそうは思わないんだがなっ! 少しマンネリ化したいつもの入りだぞっ!! とオレは思い、相棒を大きく左右に振った。
「そうかなぁー… でも普通だった…」
お前はウソつきかっ!! と詰った。
しかし、彼女の採点はいつも厳しい。
『最高だった』は数百回かやって一度しかない。
彼女の場合、逝った時の快感より、気持ちの方が大きいのだ。
今回はオレがこんな状態だから、気持ちの方がそれほどでもない、ということだ。
友梨はオレを包み込もうとする。
オレは友梨のしたいようにさせておいた。
友梨はゆっくりと泣き始めた。
オレは友梨を形ばかりだが抱きしめた。
それはいきなりやってきた。
友梨が少しまどろんだように、眼を開け相棒を見ている。
なんと相棒から声が聞こえるのだ。
オレは耳を澄ます。
友梨も目を開け、オレの相棒を見る。
「…なあに?」
オレは彼女の口をふさぐように、唇に対して垂直に棒を当てた。
さすがの友梨も、キスはしてこないだろう。
『キバッ! お前、どこでなにやってるっ!
さっさと帰ってこいっ!
なに…キバの反応がない? どういうことだ。
…死んだ? 誰にやられるというのだ。
殺人犯? 話題の…って、臓器売買のかっ!
しかし、これでは回収できんな…
現在位置わかるか? 圏外?
お前ら、行って見てこい。
通信は繋げておく。
消えて行けよ』
杖から聞こえた声はからはどう考えても女だった。
そしてどうやらこの相棒は魔法の杖であると同時に通信機でもあるようだ。
オレは相棒に鉛筆を付けて、ふたこと書いた。
『これからは喋るな!
できるだけ音も立てるな!』
友梨はうなずく。
そして、下着を着け始めた。
どうやら友梨はオレと一緒に現場に行きたいようだ。
オレは止めようと思ったが、この相棒で彼女を守ることが出来るはずだ。
しかしオレは彼女に知らせた。
『オレはこの声の主のところに行く。
多分、いやきっと人ならざる者だとオレは思う。
一緒に来てもいいが、絶対に巻き込まれるな。
オレはこんな身体だ、どうにでもなる。
それにこの相棒がいる。
友梨にオレのような想いをさせたくない。
オレが言いたいこと、わかるよな?』
友梨は無言でうなづいた。
友梨の準備が出来たので、友梨にドアを開けさせてオレが先に部屋を出る。
オレが友梨に道案内をする。
友梨もどこに行けばいいのかわかっている。
オレの家だ。
オレの家の近くに奇妙な店らしきものに入り、オレはこうなった。
そして、この通信機の持ち主の、多分手下が姿を消してあの店の近くを徘徊して、この相棒を探していると思われる。
オレには不安があった。
そいつらも姿を消しているとなると、オレに居場所がわかるのか。
しかし、『キバ』というやつも殺された。
ということはヒトに近い存在。
消えるということはオレがあの店で眼が覚めた時に最初に思った、『透明人間』になっているのではないだろうか?
だとすると、ほとんど問題はない。
オレならきっとそいつらを見つけられるはずだ。
電車の中で、友梨が棒を頬に当てる。
まるで愛しい人に身を預けているかのごとく。
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