第1章 恋する腐れ縁

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もう何度目か分からない溜息が、長く長く落ちた。 「…使い古された常套句を並べるより、 心からの言葉を素直に口にした方が伝わるさ。 そんなに素敵な女性なら僕もお目にかかりたいもんだが、 お前の惚れやすさには一種の自己強迫性を感じるな」 勝手知ったるなんとやらで、 こちらの控え室のコンロを使い さっさと二人分のコーヒーを入れ始める久助を横目に、 受け取ったばかりの捜査協力費が入った茶封筒を 無造作に引き出しへ放り込む。 そのまま自身の座り慣れた椅子に腰を落ち着け、 友人の頻発させる好いた腫れたの話より余程興味深い、 新たな事件資料に目を落とした。 ありがちな痴情に起きた話だと進めていた事件が、 容疑者を絞り込み切れずにいるらしい。 発生から早三日。 一見、性的な目的に使用するホテルで起こった よくある死体遺棄事件。 日常茶飯事のそれは、 どんな内実を抱えていようが他人事、の警察処理で 大方が『病死』で処理される。 死因もいわゆる心臓麻痺で、 意図的に殺害された現場ではなかろう、 というのが当初の見立てだった。
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