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――プロローグ
月夜に、何処から途もなく。少女の笑い声が聴こえていた、最初は単なる子供の声だと認識してはいたのだ、けれどある日に私は見えてしまった。
あはははははっ
笑い声、尋常じゃない其れは狂気に染みている、その声音は小さな言葉と共に発せられていた。何故だろう、彼女の笑顔はとても寂しげに思える。目の前のバルコニーに立ち、女性は夜空を見上げていた。
ふと、私は気になり、勇気を振り絞って声をかける。だが女は首を傾げ、静かに自室へと歩みを進めると、軈て部屋の明かりを消して就寝へと入ってしまう。
翌日の朝には、靄のかかる朝陽を浴びて、再び彼女の居る家を見遣った。すると、珍しく偶然にもその女は公園に一人ベンチに座っていた。
「あの、何時も楽しそうに笑ってますよね、何を話してたんですか?」
「月を眺めて、友達と遅くまでお喋りをしていたのよ。楽しかったわ」
彼女は笑みを浮かべ、此方を見て答える。プライバシーの問題があってか、女は話の内容までは教えてはくれなかった。だけど、凄く温厚な性格で話していて落ち着ける。
フッと、陽炎の眩さに目をうっすら細めて、女はゆっくりと私を見つめてきた。明るいよりも、大人しい印象の彼女は、やはり寂しげに笑っていた。
「あら、もう帰らないと、じゃあね。可愛いお嬢さん」
「か、からかわないで下さいよ。お姉さんは、そう言う冗談も使うんですか?」
「名前を訊くのは個人情報に反するもの、だから。もし会う事があったらニックネームで呼び合いましょう?」
言って、女性は踵を返しながら公園を後にした、そんな立ち振舞はまるでお嬢様を想わせる。名前を、訊けば良かった。
「またね、お姉さん!」
「今度は友達を連れて来るわね」
ひらひら、と手を風に揺れる花の様に振り、彼女は颯爽と駆けて行く。またね、か、何度もその言葉(フレーズ)が頭の中にリピートしていた。
また、夜になると、女はバルコニーから月夜を眺め見るのだろうか。案外優しい人なのかも知れない、その証拠に気楽に話してくれたから。なんて、思う私の気持ちは浅く散るとはまさか思いもしない。
「見て、私の友達よ。可愛いでしょ、さぁ皆。挨拶してね」
人形や、不気味なマリオネットに薄気味悪く笑うぬいぐるみが部屋中に並べられていた。最早、趣味を疑ってしまう。
「可愛い、わよね……?」
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