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三十代位の女性が、優しく彼女にお礼を言って頭を下げる。恐らくは母親であろう女性は撫でる手のひらを僅かに震るわせていた、早くに子を亡くしてしまい、やるせない気持ちに胸が痛むのだろう。
『夕那(ユウナ)さん、今日はありがとうね』
「りぃちゃん、りぃちゃんはどうして、目を開けないの……?」
取り乱す彼女を抱きしめる母親は、少女の顔に白地の布を静かに被せた。享年は僅か十五歳だった、そんな少女を女はそっと抱き締めている。
「りぃちゃん、また。遊ぼうって約束したのよ、どうしてなの……」
弱々しい声音、啜り泣く嗚咽が暫く部屋に響く。二人の女性は互いに悲しみを分かち合い、片方づつに肩を擦った。
目の前に眠る、少女は恐怖にひきつった表情を浮かべて瞼を閉じている。鬱陶しいとばかりに長く垂れ下がった前髪は生まれてから一度も切った形跡さえ無く、ただ梨衣は苦痛の顔をしていた。
「どうして、ですか」
歪に、かおをしかめて、母親を睨み付けながら問い質す。すると彼女は答えた、仕方がなかったのよと、言ってその人は窓に自らの両手をかける。刹那、女はそれを見過ごさない様にじっと終始を見届けた。
――わたしの名は、あやかし。ただそれの類とは異なる異形の魔物なのかも知れない、人は私を滅多に見掛けない、だけど梨衣だけは違ったからこそに若くして命を落としたのだと推測する。
故に、わたしは人間とはちがう。少し、否か、かなり人並み外れの特技を得ていた。りぃちゃんが死んだ今日、初めて涙を流した。
「どうして、ですか……」
声音を震わせて、嘶く囁きは小さく室内にこだまする、だが母親は悲壮の面を見せて静かに窓から身体を離す。重力に従って堕ちた身は、次第に地面へと垂直を描いて碎け散った。
「……さようなら、ですか。それなら、仕方無いのかも知れませんね」
どこか、感情の抜けた言葉を発して、女は下唇をぎゅっと噛み締める。途端に空が黒く濁った、同時に彼女の眼は深紅の狂気に染まる。
「りぃちゃん、また会おうね」
わたしは、自分の身体を抱きすくめ、静かに梨衣の頭を撫でた。そうして、少女が安らかに眠れるように願い、銀の切っ先の短剣を己の首元に近付ける。
死んだら、りぃちゃんに会えるのかな、そんな風に思ってしまい咄嗟にわたしは躊躇した。躊躇い、戸惑い迷って、私に優しく接してくれた彼女の面影を月夜に重ね合わせる。
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