憧れの存在は身近に

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 ライブから数日後。あれからずっともやもやは晴れなくて、授業も耳に入らなくて、ただ窓の向こうの雲のない水色の空をぼーっと見ていた。そんな時、どこからか歌声が聞こえてきて、私の耳はその声にしか向かなくて、気になって気になって、その声に集中していると、歌は上から聞こえてくるとわかった。  授業中にも関わらず、私は席を立った。 「先生! ちょっと席を外します! 放課後の呼び出しは覚悟しています!」  そう言い捨て、ダッシュで教室を飛び出した。先生の怒鳴った声が後ろから聞こえてくる。気にせず私は、上の階への階段を駆け上がる。そうして着いたのは屋上。静かにドアを開けると、ぬるい風が吹き抜ける。一歩踏み出して、周りを見渡すと街の景色とともに、人の姿が目に映った。  どこかで見たことある容姿。気持ちよさそうに歌っていたのは、軽音部のボーカル、聖王先輩だった。 「こんなところで歌っていて、サボりですか?」 「あれ? 君はこの前の……白葉ちゃん? 君こそサボり?」 「……歌が、聞こえたから、つい授業を抜け出してきて」 「俺の声、聞こえたの!?」  先輩は、名前を呼ばれた犬のように、嬉しそうな表情をしていた。聞こえたことがそんなに嬉しかったのかな? 「ちなみに、君が書いた曲を歌っていたんだけど、そこまではわからなかった?」 「また私の歌を!」 「だって、君が書いた曲はどれもいい曲だから、歌わずにはいられないんだ」  いい、曲? 歌わずには、いられない? 褒めた? 私の曲、違う、元私の曲を。これは素直に喜ぶべきなのだろうか……? 「俺の夢は歌手なんだ。日本を、世界を笑顔にする、楽しませられる歌手になりたい。君の、白葉ちゃんの夢は?」  夢、かぁ……。私の夢って? 今言われても、ぱっとなんか出てこない。考えたこともないかも。小さい時はあったけど、覚えていない。 「……知らない」 私の一言の後に、ちょうどよくチャイムが鳴り響く。私は黙って先輩に背を向けて、屋上を後にした。  夢を語る聖王先輩の目は、まるで夜空の星の様にキラキラと輝いていた。そんな人の目の前で、夢があったとしても言えるわけない。自信がない。先輩と私の、夢に対する意識の大きさが違いすぎるから。
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