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『ーーしまった』とロッカーを開けて愕然とする。
帰り仕度をして、上着を取りに行くためロッカーの扉を開けると、一番上の棚にある白い小さな紙袋に気がついた。
仕事は終わった。しかし集中したのはよかったが、もはやチョコのことなど頭の中から消え去っていた。
時計を見れば夜10時を回る頃で、オフィスに残っているのは自分だけだ。
午前中はあれほどいつ渡そうかと考えていたのに、と思わず苦笑する。
外に出ると冷たい空気が体を包む。
黒い空に薄い月が出ていて、横から見ると笑っている口のようだ。
10分ほど歩いて駅に着き、改札をくぐる。
ひどく疲れた。仕事というよりも、今日という日に振り回されて気疲れしたのだろう。
しかしこれで正解だったのかもしれない。
血迷っておかしな行動に出なくてよかったと自分に言い聞かせ、はぁ、とため息をつきながらホームの列に並ぶ。
「お疲れ様」
不意に声をかけられ、後ろを振り返る。
声をかけてきた人物を見て驚いた。
チョコを渡そうとしていた相手、仲村翔一だった。
予想外の出来事に焦る自分を必死で落ち着ける。
「......お疲れ様です。仲村さん今帰りなんですか?」
「あぁ、今まで佐藤さん達と飲んでいたから」
「そうだったんですか」
私、水野薫と仲村さんは同期で、佐藤さんというのは1年先輩だ。仲村さんは年がひとつ上だからか、佐藤さんと仲が良い。
チョコレートを渡すなら今だろうと思うが、なかなか行動に移せない。
どのタイミングで渡そうかと、あれこれ考えていると電車が来てしまった。
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