霧雨と月と記憶

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霧雨と月と記憶

霧雨の降る午前三時の路地裏。 僅かに濡れ 肌に張り付く服の感触など、 最早気にならなかった。 いや、この表現は誤っている。 "思い出す事が出来ない" が正しいだろう。 まず初めに思い出せるのは 二つの剣閃。 時間にして一瞬。 銀色のそれに目を奪われているこの躰から、 ゆっくりと、 しかし針の穴を通すような正確さで 布を裂き、肌を撫で、 肉を分け、骨を絶ち―― あまりにも美しく、 あまりにも残酷に、 この躰から両の腕を切り離していった。 狙いすましたかのように、 雲間から月が覗き、 暗闇に薄く光が射す。 最後に思い出せるのは、 微かに香る、甘い果実の匂いと、 愉悦に歪む美しい唇――
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