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だが、上の女房である篤子のもとへ、たかだか六位の私が気軽に出向いていくことなど現実には出来るわけもなく。
「では、桃花の君。よろしく頼んだよ」
「はい!」
可愛らしくも頼もしい文使いの少女を殿舍の外に出て見送り、そのまま踵を返した。無言で。
私も、もう行かねばならない。
「あっ! おい、どこへ行くんだ?」
「どこでもよいでしょう? 建殿には関係ありませんっ」
わざと何の挨拶もせずに歩き出したというのに、無視したい相手の声は、なぜかすぐ後ろから飛んできた。
その驚きを隠して振り向かずにぴしゃりと言い捨て、校書殿を足早に抜けていく。
「みっ、光成っ。いったい、どこに向かってるんだ?」
しかし、まだその声は、追いかけてくるのだ。
あぁ、しつこい。
「私の行き先を知りたがる暇など、無能なあなたにはないでしょう? 無能なら無能らしく、書き損じの文書の整理でもするか、あちこちの女人への文の下書きでもへらへらとやっておいでなさい!」
一度だけ振り向き、あわあわと唇を動かしている相手を睨み据えて言い放ってやった。
これでもう、追いかけてはこないだろう。むしろ、追いかけてこられては困る。
建殿の顔など、もう見たくはないのだから。
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