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――きしっ、きしっ
手燭に照らされた床が、鈍い音を立てて軋む。
呆然としたまま自邸に帰り着き、全身を包む疲労感を隠せないまま、のそのそと簀子縁を歩いているからだ。
普段ならば、深夜に板張りの音が響かぬよう、そっと歩くのだが、心身ともに、今はそこまでの余裕がない。
「光成様、すぐにお休みになられますか?」
「……いや、少し書き物をする。灯りを頼む」
が、ひどく打ちのめされていると自覚していても、それだけにすぐには眠れそうにない。武弥が手にしている手燭から、部屋の燈台に火を灯してもらうことにした。
「いけません。すぐにお休みになられてくださいまし」
――びくっ
「……っ、安芸? まだ起きていたのか」
驚いた。ここに居るはずのない人物が、厳しい声音を届けてきたから。
「お帰りなさいませ、光成様」
「あ、あぁ。今、戻った」
夜更けにも関わらず、女房の正装をきっちりと着込み、出迎えの挨拶をくれたのは、我が大納言家の筆頭女房、安芸。
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