弐 濡れる朝顔の、儚さと… 【一】

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「……ふあぁぁ……」 ん? 今のは、もしや……? 清涼殿に近い(きざはし)前。そこを通り過ぎる自分の耳に、聞き覚えのある声が届いてきた。 「あー、参ったなぁ……ふあぁ……」 やはり、(たける)殿の欠伸であったか。 立ち止まり、上を覗いてみれば、見知った相手の大きく欠伸をする姿が見てとれた。呑気で迂闊な、蔵人所(くろうどどころ)の同僚、源建(みなもとのたける)殿。 だが、なぜこのような(きざはし)文机(ふづくえ)を移動させて仕事をしているのだ? 「この青梅の(かす)漬け、本当に旨いなぁ。しかし、これを口にしているせいだろうか? どうにも眠い……ああぁ、駄目だぁ……ふあぁぁ……」 それに、眠いのだろうか? 先程から、何やら呟きながら、しきりに頭が揺れている。 あっ、そんなに勢いよく(すずり)に筆をつけては紙に飛んでしまうではないかっ。 あっ、あっ。墨が! 筆から墨の塊が、紙にっ……落ちるぅっ! 「建殿っ!」 「うわあぁっ!」 ――がたん、がたんっ! あ、遅かった。墨が滴り落ちる前にと、声をかけたのに。 「うわわ、硯が! 墨がぁ!」 いや、むしろ被害が拡大してしまったのか?
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