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「なぁ、光成。この訴状なのだが訴えが二度目と書いてあってだな」
「あぁ、これは大江様がご存知の件ですよ」
「光成、こちらの覚え書きの続きはどこだろう?」
「それは、六条様が引き継いでおられます」
「光成、今宵の宴に饗する主上の膳なのだが――」
なんだろう? 今日の建殿はどうしたのだろうか。
いつもなら私になど声をかけずにこなせるはずの仕事を、いちいち尋ねてきているような……。
何かにつけて、私に話しかけてきているような気がするのだが……気のせいだろうか。
殿舎内の塗籠に収蔵している文書の整理をしながら、いちいち傍にやって来ては質問をし、また去っていくという建殿の様子に、首をひねってしまう。
いや、いつもこんなもの、だっただろうか。何せ、かなりなうっかり者の建殿のことだか……。
「光成? おい、ちゃんと聞いてくれているのか?」
「……っ、はい! 聞いておりますっ」
いやいや、違う! 全然違う!
『いつも』とは違うー!
「あ、あの建殿? ちょっとお顔が……」
近い、近い! ものを尋ねるだけなのに、なぜこんなにも顔を近づけてくるのだ?
どくどくと鼓動が跳ねる左胸に片手を当て、二、三歩、一気に後ずさった。
その私を見て、なぜか悲しそうな表情をした建殿が何かを呟いたが、聞き取れない。
「光成、お前……あの少年には自分から顔を近づけて寄り添っていたくせに。私が相手だと、嫌がって逃げるんだな」
いーや、建殿の呟きなど、どうでもいい。
それよりも、赤くなってるはずの顔を隠すべく、早くこの場から逃げなくては!
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