弐 濡れる朝顔の、儚さと… 【二】

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「――さて、これで全てやり直せましたか? 全く、どうやったらこんなに間違いや失敗ばかり、やらかすことができるのですか? 理解に苦しみます」 「う……面目ない。しかし助かった。ありがとう光成」 書状の束を文机(ふづくえ)の上でとんとんと揃えながら横目で軽く睨みつけると、申し訳なさそうに眉を下げた相手から、いつもの邪気のない笑みが返ってくる。 『怒るなよ?』と『最後まで面倒を見てくれよ?』を交互に言われ、校書殿の端まで連れて行かれた。そこで見せられたのは、膨大な書き損じの山。 その時の絶望が脳裏に蘇ったが、それが今やっと片づいたのだ。 やれやれとひと息つき、首をほぐしながら(ひさし)の向こう側に目をやれば、水縹(みはなだ)色だった空に茜色が広がり始めている。 いつの間にか、夕暮れ近くになっていたようだ。 『最近、いつも眠いんだよ。それで、気がつけば書き損じをしてしまっていて……』と失敗の山を作った言い訳をする建殿を叱咤しながら作業に勤しんでいる間に、随分と時が過ぎていたらしい。 そろそろ、行かなくては。 今宵の待ち合わせがある。先日と同じ百日紅の前で落ち合うことを、真守殿と約束したのだから。 「建殿。すっかり片づいたことですし、私はこれにて失礼いたします。後は御自分で……えっ?」 「光成、まだだ。まだ、行かないでくれ」 いったい、どういうことだろう。 書状の束を差し出した体勢のまま、私の両手が掴まれている。建殿に。 驚きのあまり、せっかく書き直した書状が全て床に散らばり落ちたが、それをちらりとも見ることなく、建殿は私だけを見て手首を掴む力を強めてきた。 「どこにも、行くな」
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