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「ふじわらのみつなりさま!」
文を受け取った私の袖に、女童の手が、ちょんと触れた。
丸みがあって小さなそれが何とも可愛らしくて、見上げてくるその顔を覗き込みながら、さらに表情が緩んでいく。
「はい、なぁに?」
「へんかを、おねがいいたしますっ」
返歌?
あぁ、そうか。この女童は、文使い。ならば、その職務を全うさせてやらなければ。
「わかりました。それでは、こちらで少し待っておいで」
「きゃっ!」
あ、失敗しただろうか。
文を読む間、殿舎の中で待っていてもらおうとしただけなのだが。
肩までの尼そぎの髪が撫子の君の幼少時を思わせるものだから、つい抱き上げてしまった。
「驚かせたかな? ごめんね」
いくら文使いとはいえ、無愛想だと評判の私のところに来てくれた勇気ある子を怖がらせてしまっただろうか。
この、ふにふにとした愛らしい頬に涙が伝うさまなど、見たくはない。いったい、どうすれば……。
「あの……だいじょうぶ、ですっ」
抱き上げたまま固まってしまった私の腕の中で、鈴の音のような声が響いた。
「ふじわらのみつなりさまが、とてもおきれいなのでっ。とうかは、だっこされて、うれしいです!」
おや? これは、もしかして……私が女顔だから怖くない、という意味だろうか。
ならば良かった。この鬱陶しい女顔も、たまには役に立つのだな。
「ふふっ。ありがとう。お名前は、『とうか』の君とおっしゃられるのかな?」
「はいっ。『もものはな』です」
「あぁ。『桃花』か。可愛らしいあなたに、ふさわしいお名前だね。では、桃花の君。こちらにお座り。少し待っていてね」
女童を円座におろして頭を撫で、文を開くべくその隣に座した。
背後から『お前、いつから頭中将様の口説き真似なぞ、するようになった?』と聞いてきた相手を、半目で睨みつけてから。
イラスト:奈倉まゆみ様
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