弐 濡れる朝顔の、儚さと… 【二】

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「……えぇ、そのようですね」 建殿の興奮の理由は、全然わからない。 しかし、建殿のことはわからないけれど、別のことなら推察できる。 手元の文に、いま一度、目を落とした。 『梅が()を 人にたづるる』 薄様(うすよう)にしたためられた、懸想文(けそうぶみ)としては不完全な歌をじっと見つめ、考える。 (かみ)の句と(しも)の句を別人が詠み合い、恋歌としてやり取りをすることなら、確かにある。 が、これは上の句にすらなっていない。歌の才と良識を兼ね備えた内裏の女房が、このような歌を文にされるわけがない。 しかも、その相手は、誰からも煙たがられ、嫌われている私だ。とすれば――。 「桃花(とうか)の君?」 建殿から奪い返した文を手にしたまま、振り向く。 「これをあなたに(こと)づけたのは、どなたかな? 御名前を言えますか?」 「はい! それは、おうみのおかたさまですっ」 「『近江の御方様』ですか。ありがとう」 やはり、そうか。 この宮中で、私宛てにこのように非常識な歌を贈ってくるなど、篤子(あつこ)以外には考えられなかった。
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