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「なんだって? あの! 近江の君からの文だって? あのっ?」
すぐ近くであがった大声に、眉をしかめた。
何が『あのっ?』なのか、これもわからない。
しかし、建殿がいちいち絡んでくる理由が全くわからないから、この人のことはもう無視することに決めた。
相手をしていたら話がまともに進まず、とにかく面倒くさい。
「では、桃花の君。今から返歌をしたためますので、文使いをお願いできるかな?」
「はいっ。とうかは、ふじわらのみつなりさまのふみつかいをつとめます!」
「ふふっ。では、もう少し、そこで待っておいで」
女童のなんとも可愛らしい宣言に、口元がほころんでいく。
「なにぃ! 返歌だとぉ?」
またもや隣であがった大声のことは、もはや当然無視し、自分の文机の前に座した。
この殿舎に、薄様の紙などない。が、文の相手は篤子だ。どんな紙にしたためようが、一向に差し支えない。
硯に残っていた墨に筆をつけ、文机の上に置いたままだった紙に、さっと滑らせた。
『酔ひざらましを』
「……え? それだけ?」
頭上から、ぽつりと声が落ちてきた。
真横に来て私の手元を覗いていた建殿の声だ。
覗いていたのは気配で気づいていたけれど、思っていたよりも耳元に近い位置から聞こえてきたことに、鼓動がとくんと跳ねる。
無視すると決めていたはずなのに、あっさりとその誓いを破った私は「はい」と返事をし、声の主のほうに顔を向けていた。
そうして、目が合う。
至近距離にいる、私の好きなひとと。
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