弐 濡れる朝顔の、儚さと… 【二】

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「建殿。先日、召し上がられた青梅の(かす)漬けのことは覚えておいででしょう? 近江の君から私へと贈られた、あれです」 「お、おう。もちろん覚えているとも。あれは、とても旨かった」 「私への品であるのに摘まむ手が止まらず、全て召し上がった上に居眠りをしてしまうくらいでしたものね。執務中にっ。あぁ、これは単なる嫌みですので、お気になさらず。本題は、近江の君からの文は、その糟漬けのことを尋ねてきている、ということですよ」 糟漬けの味を思い出したのだろう。ふにゃっと笑って『旨かった』と言った相手に、文机(ふづくえ)の端に置いた薄様(うすよう)の文を指し示して、謎めいた内容の種明かしを始めた。 「えっ? あの糟漬けのことなのか?」 「はい。『梅が()を 人にたづるる』と、書き送ってきているでしょう? これは、自分が贈った青梅の糟漬けの味の感想を尋ねているわけです」 「ほ、ほう」 「本来なら、たぶんその後に『夢枕 夏の夜風に 朧聞(おぼろき)く声』というような句がつけられるところなのでしょうが。それをわざと切って、『梅の香り』を『尋ねる』としているので、この解釈で合っています」 「はー、なるほど。ん? では、それに対してのお前の返歌が、たった一句なのは何故なのだ?」 「ふっ。それは、あなたの居眠りの原因ですよ」 「え? 私の居眠り? 居眠りというと……うーん……あっ! おおっ、お前、なんて返歌をっ」 ふふっ。さすがに、もう気づきましたか?
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