弐 濡れる朝顔の、儚さと… 【二】

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「えぇ、そうですね。けれど、事実ですからねぇ。酒糟(さけかす)に漬けた青梅を召し上がって、あなたが酔っておしまいになられたのは。しかも、執務中にっ」 「だ、だ、だから、『()ひざらましを』なんだな?」 「全くその通りでしょう? あの青梅の糟漬けのせいで、あなたが居眠りしましたからねぇ。しかも、執務中に!」 「なっ、何度も繰り返さずともよいではないか! 『執務中に!』という、それ。何度目だっ!」 「ふふっ。たったの三回ですよ。それより、近江の君の青梅さえなければ、『酔うことはなかったものを』と文で返すくらい、別に構わないのでは?」 「かっ、構う。大いに構うぞ! なぜなら私は、光成に糟漬けをお裾分けしてもらった(てい)で、『とても美味でした』という内容の文を近江の君宛てに既に送ってしまっているのだぞ!」 「……ほう? 近江の君に、文を? あなたが?」 一瞬で、自分の顔が強張り、声が低く変わったと自覚した。 「私宛ての品を勝手に召し上がっただけでは飽き足らず。その上、それをだしにして(かみ)の女房に文を送った、と? そう、おっしゃられているのですか?」 声色も、氷水の如く冷たいものになっていく。 目の前で真っ青な顔色に変貌した相手に向ける視線も、同じ冷ややかさで鋭く突き刺すものに変わっていた。 「はっ! ししっ、しまった! これは言うつもりではなかったのだ。あっ、いや違う! 光成、これには深ーい理由(わけ)があってだなっ」 「もう、結構」 文机(ふづくえ)をばんっと叩いて立ち上がった。 これ以上、聞いていたくなどない。
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