183人が本棚に入れています
本棚に追加
/278ページ
闇に佇む痩身が纏う狩衣は、撫子の襲。
紅梅色と萌ゆる碧が品良く重ねられたその装束は、朔の夜でさえなければ、色鮮やかに月光に映えていたことであろう。
夜空を見上げる横顔は、若い。まだ少年と言っても、差し支えないほどに。
きりりとした眉と意志の強そうな目元が印象的なその相貌に、夜風が強く吹きつけてきた。
ざっと音を立てた風は、烏帽子からはみ出た肩までの後ろ髪を縦横に巻き上げ、気儘にはためかせていく。
「何だ? これは……」
胡乱げな硬い声が、闇に溶ける。
少年の髪や頬に当たる夜風の中に、不意にどろりとした湿り気が混じったのだ。
次いで、痩身の正面、香り高い百日紅の樹木の根元に、ぽうっと明かりが灯った。
深く濃い、緋色の光だ。
それをみとめた途端、少年の周囲に禍々しい気配が充満していく。
びぃんと肌を刺すほどに、強く。
踏みしめる大地が揺れたと錯覚するほどの、衝撃波を伴って――。
最初のコメントを投稿しよう!