序 朔の夜

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闇に佇む痩身が纏う狩衣(かりぎぬ)は、撫子の(かさね)。 紅梅色と萌ゆる(あお)が品良く重ねられたその装束は、朔の夜でさえなければ、色鮮やかに月光に映えていたことであろう。 夜空を見上げる横顔は、若い。まだ少年と言っても、差し支えないほどに。 きりりとした眉と意志の強そうな目元が印象的なその相貌に、夜風が強く吹きつけてきた。 ざっと音を立てた風は、烏帽子(えぼし)からはみ出た肩までの後ろ髪を縦横に巻き上げ、気儘にはためかせていく。 「何だ? これは……」 胡乱げな硬い声が、闇に溶ける。 少年の髪や頬に当たる夜風の中に、不意にどろりとした湿り気が混じったのだ。 次いで、痩身の正面、香り高い百日紅(さるすべり)の樹木の根元に、ぽうっと明かりが灯った。 深く濃い、緋色の光だ。 それをみとめた途端、少年の周囲に禍々しい気配が充満していく。 びぃんと肌を刺すほどに、強く。 踏みしめる大地が揺れたと錯覚するほどの、衝撃波を伴って――。
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