弐 濡れる朝顔の、儚さと… 【二】

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「……あ、桃花の君」 勢いに任せて立ち上がったものの、円座(わろうだ)に座したまま私を見上げている女童(めのわらわ)のまん丸に見開かれた瞳に気づき、急いで膝を折った。 「済まない。随分と、お待たせしたね」 驚いたような表情を見せている少女の振り分け髪をそっと撫で、謝罪する。 私たちの一連のやり取りを間近で見聞きしたせいで怖がらせてしまったに違いないから、笑みを浮かべて。 『泣かないでね』と心の中で告げながら、私にできる精いっぱいの微笑みを見せて頭を撫でれば。その名の通り、桃の花が咲き揃うさまのような、ふわぁっと柔らかな笑みを返してくれた。 あぁ、良かった。 目つきが悪く嫌われ者だと評判の私のせいで、もう少しで泣かせてしまうところだった。 「さ、これをお持ちなさい。あなたに文使(ふみつか)いのお役目をお願いしたいのだ。これを、近江の君にお届けしてもらえるかな?」 返歌の相手は篤子なのだから手抜きでも良いはずと、私宛ての文が結ばれていた紫苑の枝に手早く文を巻き結び、再び桃花の君を抱き上げた。 「はいっ。とうかは、ふじわらのみつなりさまのふみつかいを、しっかりとつとめます!」 「うん、よろしく頼んだよ」 あぁ、癒される。 腕の中で元気のよい決意を聞かせてくれる女童の鈴の音の如き可愛らしい声に、建殿の言葉でささくれ立ってしまった心がなだめられていく。 殿舍の端まで抱いてあげようと思っただけなのだが、このまま篤子のところまでこの少女とともに出向いてもよい気がしてきた。 「ふじわらのみつなりさまは、とてもよいにおいがします。まるで、おはなにつつまれているようで、とうかはうれしいです」 「ふふっ。ありがとう。桃花の君も、甘い良き香りがしますよ」 うーん、可愛らしい。本当に、そうしてみようか。
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