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「……」
苛々する。あぁ、苛々する。
その原因は、“これ”だ。
「……なぜ、私の後をついて来るのです?」
足を止め、振り向かずにぼそりと尋ねた。
もう、ついてこないでほしいと願い、手酷い言葉を投げつけて拒絶したはずの相手が、すぐ後ろにいる。
ずっと早足で歩いているのにも関わらず、数歩と間を空けずに、私にぴったりとついてきているのだ。
「光成? お前が酷く怒っているのは分かっているのだが……その、どうか機嫌を直してはもらえぬだろうか? 私が近江の君に文を送ったことが悪かったのなら、この通り謝るから。な?」
すぐ真後ろ。その位置から、気落ちした情けない声色が届いてくる。
全く、この人は。
撫子といい、篤子といい。どうして、私に縁のある娘にばかり文を送るのだろう。
「はあぁ……」
前を向いたまま、その人の言葉を最後まで聞き、長く重い溜め息をついた。
わかっている。なぜ、私がこんなにも苛々しているのか。どうして、このように刺々しい心持ちになっているのか。
腹立たしい。寂しい。そして――。
妬ましい。
建殿が好意を寄せる女人全てが、妬ましくて堪らない。
さらに、才のある美女たちに懸想文を送っていることを、私には『言わないつもりだった』のだと言っていた。私など、その話をするほどの相手ですらないのだと、本心を聞かされてしまった。
私は、建殿のこの言葉に傷ついた。酷く、傷ついている。
だから、しばらくはこの人の顔など、見たくはないのだ。
ずっと見ないふりをしている自分の狭量さと、叶わぬ想いの苦しさをまた自覚してしまうから。
想えば想うほどに、この人へのそれは何の光明も見いだせないものなのだと、はっきりと思い知らされてしまうから。
不毛な恋心のやりきれなさに、押しつぶされそうになってしまうから――。
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