序 朔の夜

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この光は、何だ? 黄金色の光源に目が眩み、ほんの刹那、視力が奪われた。 が、臨戦態勢は崩さない。 再び霊符を取り出し、次の真言を唱え始める。 「……っ……居ない?」 だが、そこまでだった。 「奴は、どこだ! どこに消えたっ?」 一瞬のちには、黄金色の光は消え去り、そこに充満していた禍々しい気配も、跡形もなく霧散していた。 ――ひゅうぅ 後に残されたのは、そこに現れていた怪異の気配など微塵も感じさせない空間。 ただ、夏のそよ風が吹き抜けるのみの静閑な場となっていた。 ――ひゅうぅ 南の空に赤星(あかぼし)が妖しく瞬く、夏の朔夜(さくや)。 そう、百日紅が甘やかに香るここは、宮中の一角。仁寿殿(じじゅうでん)。 帝のおわす大内裏(だいだいり)の、いつもと変わらぬ夜の姿に、戻っていたのだ。
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