第一章 栄光再び

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栄光があったー 誰しも過去には多かれ少なかれ「栄光」(といえるものではないにしろ)あるものである。彼にもあった。その栄光は彼には大きすぎた。一般的にみてもそれは大きいといえるだろう。 彼、山野辺は約二十年前、プロのボクサーとしてリングで戦っていた。脇目も降らず、一心不乱に相手を殴るという技術を磨き続けた。文字通り、それ以外のボクサーとして不必要なものを退けていった。ついには、寝て起きて飯を食う、以外の時間はボクシングの練習と研究の時間に費やされた。 細身で、切れ長の目、常に苦虫を噛み潰したような顔で他を寄せ付けない雰囲気を持った山野辺の栄光の時、二十歳。社会を知らず、興味もない。ただ、相手を殴り倒すことだけを考えていた。 「浪速のスピードスター」最年少西日本新人王に輝き、名のあるA級ボクサー,日本ランカーを軒並み叩き潰し、日本タイトルを飛び越し、迎えた世界タイトル挑戦者決定戦、山野辺の栄光はここで途絶えた。 試合前の公開スパーでは、当時現役の二階級上の世界チャンピオンを圧倒した。誰もが山野辺の勝利を疑わなかった…。  プロのスポーツ選手が引退後に必ず侵されてしまう病がある。バーンアウトシンドローム、燃え尽き症候群である。目標を失い、何もやる気がおきず、果てはうつ病につながることも少なくない。ボクシングは特にその病が深刻になりがちになる。苦しい練習、辛い減量、痛みに耐え、極度の緊張・興奮、スポットライトの当たる四角いリングの中で、大きな歓声を浴びて殴りあう。それを味わってしまったら、仕事などバカらしくてやっていられなくなる。なぜ、自分より弱い男の下で働かなければならないのか、彼らの中の価値基準は強いか弱いかである。そんな男達が、人に頭を下げながら仕事をするためには、一つの壁を破らなければならない。  破ることができない山野辺、39歳。うつ病にはならないまでも人生に絶望していた。  ある日、酔っ払いに絡まれている少女を見つけた。酔っ払いは少女の胸倉を掴み、殴りつける真似をして脅かしている。山野辺は酔っ払いの手を掴み、捻りあげて少女を助けた。山野辺にとっては人助け、というよりも正義を盾に喧嘩ができる、という気持ちでワクワクを抑えていた。そして、静かに「どうしました」と酔っ払いに声をかけた。 「痛ぇなテメェ!」
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