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「山猫軒か。扉の奥に扉があって、これとはシャレがきいている。宮沢賢治だね」
「『注文の多い料理店』だったかな」
「ああ。ひょんなところにあった洋食店に入った二人の男が、扉を開けるたびにおかしな注文をされるという話だ。
ここで靴を脱げ。ここで汚れを落とせ。ここでクリームを塗れ」
「それでいつの間にか、料理を食べに来ていた自分たちが料理されていることに気が付くわけだね。
こんな所に居を構えて、そんな名前を店につけるなんて。よほどジョークの好きな店主がやっているのだろう」
「そういや、あのお話に出ていた二人の男も、猟師じゃなかったか? その辺は、俺達とも似ているな」
「うん。確かに、僕たちはいつもカモを狩っている。
さておき、この扉の向こうにはいったいどんな注文が待っていることやら……」
話をしながら扉を開ける。
声には期待と、少しの緊張がにじんでいた。
しかし、開けるとまた扉があるという事もなく、注文があるということもなく、中は普通に店だった。
広くはないが、シックな木製の椅子や机、やわらかい色合いの観葉植物や絵なんかが飾られていて、地下特有の閉塞感のようなものも感じれない。きっとバーも兼ねているのだろう。カウンター席の向こうには、ずらりと外国の酒が並べられていた。聞いていて心が和むようなジャズミュージックが流れている。
そんな風景を見て、大柄の男はさほどガッカリすることもなく言うのだった。
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