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三章 呼ぶ声と_3
「あれ、出掛けてたんだ」
「……ああ」
八月の終わり、蜩が鳴く夕暮れ時に帰宅すると、丁度呼び鈴を押そうとしていた小野がいた。片手を上げたままこちらに声をかけた彼に生返事を返して近付き、特に会話もなく鍵を開けて部屋の中へ入ると数秒遅れてついてくる気配があった。
ベッドへ登って窓を開けると、そのまま壁を背もたれに座り込む。サッシに頭をぶつけないよう猫背になりながら、ぼうっと曲げた片膝を抱くと声がかかった。
「草町?どした?」
小野がベッドに頬杖をついてこちらを覗き込んでいる。彼の栗色の髪が蛍光灯に照らされていた。照明は僕が付けたんだったか、彼が付けてくれたのか。
不思議そうな顔をした小野の顔をしばらく眺める。眉間に皺が寄った。これは少し前に連日のように見せられた顔だ。体調不良を疑っているのかもしれない。
体調は問題ない。今日はいつもよりたくさん歩いたしクーラーの効いた所にも居たけれど、口数が少ないのは考え事をしているからだ。
「……崇子さんに、デートしてくれって言われた」
「え……」
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