三章  呼ぶ声と_3

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「ん?別になんも。一緒に出かけて、だらだらしゃべったりしたかっただけ」  隣に座る小野の手が、僕のそれのすぐそばにある。直接は触れないけれど、確かに傍にあると感じられる距離。現状こそが特異で、本来あり得ないものであるはずなのに、惜しいと思うのは何故だろう。こちらを覗きこむ伽羅に、我知らず執着でもしていたのか。  コートの方から女性の笑い声が響いた。ふと、フェンスの向こう側の楽しげな若者たちに混ざる小野を想像する。僕が知らない誰かたちと談笑し、さっきの顔を、もっと言えばここ二ヶ月で見た様々な顔を誰かに向ける様を簡単に思い描けた。  けれど、想像の中に自分はいない。きっと、今ほど贅沢な時間はないのだろう。僕が今いるこの場所は、いつか僕ではない誰かのものになる。 「!……な、に?」  てし、と額を何かで叩かれた。見慣れた緑が更に数回額を叩く。 「考えちゃダメとは言わないけど、一人で悩み過ぎて……そんな顔すんのはダメだよ」  いつの間にか顔の傍にあった小野の右手がふに、と僕の頬をつまむ。 「オレにはわかんないよーな難しいこと考えてんのかもしんないけどさ。目の前にオレいんのに、寂しそうな顔しないでよ」  小野がそれを言うのか。僕にはわからない辛さを隠して笑っているくせに。     
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