三章  呼ぶ声と_3

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 頬に触れる指先は相変わらず熱い。僕たちには体温だけでなく行動にも言葉にも温度差があって、境界線はゆらゆらと曖昧なくせに混ざり合うことはない。思いがけず包まれてしまえば呼吸すらままならなかった。  温度差だけならば、いつかはなじむだろうか。海水魚と淡水魚のようにすむ世界がそもそも違ったら。  渡された札は、秋の夕暮れの寂しさをうたう。小野の背後に見える空は未だに夏の色を残していたが、既に濃紺が広がっていた。日の短さが、夏が終わることを告げる。  夏は得意ではないからいつも秋を待ち遠しく思っていたのに、今は少し名残惜しく思う。離れて行く熱さに、手を伸ばしそうになった。  終わらない夏はない。やがて秋が来て、冬が過ぎ、春になる。移ろう季節と共に、僕たちも変わっていく。 「……もう少し涼しくなったら、ここで肉まんが食べたい」  変化の中で、それでも傍にいたいと思うのは我が儘だろうか。ずっとでなくていい。時々、思い出したように会って話して、変わらない笑顔が見たい。 「そうだね。昼間は日当たり良さそうだし、気持ちいんじゃない?」  小野の視線が一度落ちて、見上げた先には何もなかった。口元は笑っているのに、虚空を見つめる目は空っぽだ。  ほしかった、また一緒に来ようの一言が紡がれることはなく、ただ静かな今だけが在る。横顔を見つめることしか出来ずにいると、伽羅が薄闇の中で眩しそうに歪んだ。     
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