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ジューンブライド
目の前で繰り広げられた光景に、その場の誰もが動きを止めた。乱入してきた男の手を取った新婦は、白いドレスの裾を翻して重厚な扉の向こうに消えて行った。
新婦の去ったチャペルには怒号と悲鳴が入り混じり、騒然とする中でスタッフの指示を求める焦った声がインカムからひっきりなしに流れてくる。
とにかく今はこの場を収拾することが先決だ。娘の突然の愚行に荒れ狂う新婦の父親と泣き喚く母親、そして両家の親族をそれぞれの控え室へとお連れするよう指示を出し、参列者は全てチャペルから出てもらった。このあとの結婚披露パーティーの開催は到底無理だろう。直ぐに総料理長と宴会部の担当チーフにも状況を伝える。そして新郎へのフォローをどうするかと考えていた時だった。
「杉山チーフ、新郎様の姿が見当たりません!」
インカム越しの女性スタッフの金切り声に鼓膜が震える。しまった。彼のことを一番に気に留めるべきだったのに、新婦が男と逃げ出すという映画のような出来事に浮き足立ってしまった。
――高橋様……。
新婦に嵌める直前だった指輪を手にしたまま、去っていく彼女の背中を見ていた彼の虚ろな表情が思い出される。
慌ただしく行き交うスタッフにこの後の指示を出すと、インカムに向けて声を張り上げた。
「新郎様は私が捜します。とにかく君達は指示通りに。あとは臨機応変に対応をお願いします」
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