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鼻につく死の世界を象徴する血と泥の入り混じった臭い。その臭いさえ、彼女の足を止めるどころか表情を変える材料にさえなりえない。
「慣れとは怖いものだ。この臭いに嫌悪感さえ抱かなくなってから久しいな」
自傷するように一度鼻で笑う。そこにどのような思いが込められているかなど、彼女以外に知るすべはない。
それでも彼女の足が止まることはない。鮮血の道をただいつも通りのありふれた日常のように歩き、彼女はこの場を立ち去って行った。
脳髄に響く打音が微睡にいる意識を覚醒へと引きずり出そうとする。耳へと飛び込んでくる聞き憶えのある声が、二度目の微睡みへと向かおうとする意識を覚醒に束縛する。
「いったいなんだ・・・」
昨夜は遅くまで活動していたことから自然と悪態を吐いてしまう。しかし鳴り止まぬ打音は激しさを増し、耳から脳髄だけでなく腹の奥底にまで響く。
「そんなに叩かなくてもわかる」
打音の正体は玄関の扉を激しく叩く音だ。借金の取り立ての方が幾分かマシと言えるほどの激しさ。叩いている主は音の境目にかけられる声でわかる。
「おい、いるのはわかってんだ。さっさと開けやがれ」
扉を叩く音が一層力を増す。これ以上叩かれると玄関の扉が破壊されてしまいそうだ。
「アポなしの客のくせにうるさい奴だな」
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