4人が本棚に入れています
本棚に追加
考えてみる、と返信したのはカッコつけでぶっちゃけ明日の水にも困っている僕が、無一文で住所不定の部分を突かれて断られる気まずさを考えて葛藤したところで別の選択肢なんかあるはずがなかった。乾いた洗濯物をリュックに詰め、最寄り駅のコインロッカーからリクルートスーツを回収すると飛び込みで今夜の宿、いや将来の住居候補に向かう。
教えられた住所は都内は都内でも市部の郊外だった。が、説明会や面接に通えれば僕的には問題ない。家賃だって安いみたいだし。スマホのナビにギャル子からもらった住所をぶっ込んでたどり着いた先は駅から延々とシャッター商店街を歩いた先の、一階が丸々空きテナントになっている昭和チックな古ビルだった。でかでかとカタカナの事務所名が書いてある二階の窓からもブラインドもそれらしき調度も見えないが、三階以上の部分にかろうじて集合住宅らしき佇まいがある。窓が割れているとか壁が剥がれているとかではないが、外観は築年数相応に汚く、およそ人が出入りしたり暮らしたりしている息づかいや体温といったものが一切感じられない。過疎と高齢化の進む地元の町でもまず見ないレベルの廃墟感溢れる箱に一抹の不安を覚えながらテナント横の錆びた鉄のドアを開けた。
重たいドアと同色の小さな棺の列のような郵便受に回収されないポスティングチラシやフリーペーパーの束が詰められているのを横目に打ちっぱなしの短い通路を進み突き当たりのエレベーターのボタンを押した。エレベーターが降りてくるところを見ると、少なくとも上階に留まっている人物がいるということだろう。ナビは階名と部屋番号までは知らせてはくれないが、SNSの画像記憶を頼りに「4」のボタンを押す。
ゴツン、と途中で異音をさせてガタン、と到着したそれに乗り込むと不安がさらに増した。ガタン、と到着した階でステンレスの扉が開くと一階と同じ黒ずんだコンクリの通路があった。通路の突き当たりのサッシ窓から光が入り込んで一階の通路よりは明るくカビ臭さと埃っぽさに人間の生活臭が混じっている。人の気配の正体は通路脇のドアからだろう。このビルの二階までは空きテナントで三階以上は一フロア一世帯のマンションになっているらしい。
最初のコメントを投稿しよう!