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「てっちゃん、マンガクラブのクラブ長だったよねー!」
「そうだったっけ。」
僕はもう描かないよ。描けない。
なのに邪気の無いトワコは続ける。
昼と夜を間違えた蝉がジジジ…とまた声を上げた。
「絵、すっごく上手だったじゃん?
てっちゃんがパラパラマンガ描いた教科書なんて、みんなが集まってきてすごい盛り上がって、」
棚からぼた餅が落ちるような、兎が木の根っこにつまずくような、そんなマンガめいた空想、クソクラエだ。
待ってるだけで都合よく手に入るなんて、んな訳だろ。
僕には白が足りない。
なのにトワコは無邪気に僕を追い詰める。
「校外スケッチなんてさ、みんなてっちゃんと一緒に描きたがるから、私、てっちゃんの隣をキープするの大変だったんだよ?」
夜の蝉が緩やかにボリュームを上げる。
白が足りない
白が足りない
ジリリとトワコに煽られた蝉が訴えている。
「てっちゃんの絵、好きだったなー。明るい選挙のポスターだって金賞とって」
欲しいのは白だ
白が足りない
白に囚われ白の熱に焦がされた蝉は毛羽立った絵筆で滅茶滅茶に塗り潰してやっと積み重ねて創り上げた総天然色の世界を全部台無しにする、そいつはまさに
…ホワイトノイズ
「自画像だって」
ホワイトノイズが襲ってくる
僕は足掻く
望むのは音じゃない
光を鮮烈に跳ね返す白を
あの夏の太陽の光を他のどの色彩より鮮烈に光を跳ね返していた君を
君を僕は、ずっと僕は、本当は…
「私の似顔絵だって」
「トワコ!僕は、僕はねっ」
「ただいまー。あれ、先に晩飯食わせてろっつったじゃん。」
バッドタイミングだ、シュウ。
「お帰りなさい。」
「腹減った。何、卒アルなんて出してきて。」
我に返って、アルバムをパタンと閉じた。
僕は3人の関係を取り繕うことに囚われて、いつの日にやら一番大事にしていた白の絵の具を手放していたのだ。
「もう遅いし、悪いな。帰るよ。」
「却下。今日は2人で飲み明かすんだろ?」
「えー、じゃあ私も入れてよー!寝ない!」
「だーめ。まさか明日寝坊する気かよ。」
もう止してくれ。僕の目の前で。
2人のノイズはシクシクと締めつける。僕はきっと耳の奥に羽の千切れた蝉を飼っているに違いない。
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