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思い出すだけで顔が熱くなる。こどもか、と自分でも呆れる。飲み会の席で酔って男同士でもしてるのは見たことあった。
泉にとってはシャレにならないことでそういったゲームなりノリには乗らないようにしていた。
女の子じゃないんだしファーストキスで傷ついたりはしない。
そう、傷ついたりはしていない。フロアの半分を占める広い休憩室のテーブルに突っ伏して泉はため息をつく。
休憩室は商業施設のテナントの従業員たちが使えるようになっている。いまは夕方でそんなに人はいなく静かだった。
買ってきていたパンも食べる気力がない。
ファーストキスに夢なんてなかったけど。
またひとつため息がこぼれたときすぐそばでテーブルに物を置く音がした。誰か座ったのだろうと突っ伏したままの泉は気にしなかったがーー。
「早川くん、これ」
思いがけない声がして驚いて顔を上げた。売り場にいるはずの一貴が立っている。
「店長?! どうしたんですか?」
「差入れ」
見るとテーブルに栄養ドリンクが置いてある。泉はさらに驚いて一貴を見上げた。
「えっ……これ」
「俺も二日酔いの辛さはよく分かってるから。これよく効くよ。飲んで後半も頑張って」
「……」
ふ、と微笑む一貴が泉の目にはとてつもなくキラキラして見える。一瞬惚けてから、泉は勢いよく立ち上がると栄養ドリンクを掴み握りしめた。
「ありがとうございます! がんばります!」
店長優しいかっこいいやっぱり好きだ。
泉の胸は熱くなりこうして気にかけてもらえるだけで幸せなのだと再認識した。今朝のことも遥か彼方へ吹っ飛んでいく。
そんな泉に優しく笑いかけ「それじゃ、お疲れ様」と一貴は休憩室を出ていった。
泉はぽーっと立ち尽くして見送り、少しして腰を下ろした。手の中の栄養ドリンクを眺め、もったいないが早速飲みほした。
栄養ドリンクの効果を待つまでもなく一貴のおかげで気分は晴れやかで二日酔いなどどこへやら。
空になった栄養ドリンクの瓶をにやにやとにやけてしまいながら眺めて休憩時間は終わり、テンションは上がったままその日の仕事は終わった。
幸せな足取りで帰宅して幸せ気分のままその日は終わるーーことはなく。
電話が鳴ったのは帰宅してしばらくしてからだった。
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