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1.初恋してしまいました。
一言でいうと好みだった。
20年生きてきて早川泉は初めて出会ったばかりの人間に対して心臓がドキドキ破裂しそうという体験を覚えていた。
今日は再来月オープンする商業施設にテナントとして開店予定の文具店ループステーショナリーの面接でその本店へと来ていた。個室に通され現れたのが泉の目の前にいる男だ。
20代の後半くらいだろうか。知的な雰囲気を漂わせる男は水野と名乗った。
もらった名刺には水野一貴という名前が記されていた。
泉よりも身長は高く一見すると冷たい印象も受けるが出会った瞬間、切れ長の目に目を奪われた。いや単純に顔が好みだった、というのが大きい。
『こんにちは。今日はよろしくお願いします』
クールそうな容貌が緩んで笑顔が浮かぶ。さすがサービス業と感心させられる爽やかな満面の笑みでそこでまた泉の心臓は大きく跳ねた。
女の子より男のほうが好きなのかもしれない。
そんなことを考えたのは中学の頃。それを突き詰めて考えるのが怖くて色恋から目を逸らして現在二十歳。いままで恋愛のレの字もなかったのに、まさかこうも簡単に落ちてしまうとは。
泉の脳内はふわふわと浮足立ち、顔は若干赤らみ一貴を見つめてしまっていた。それでも何社受けただろうかという就活のおかげで一貴の問いかけに対しては難なく答えられていたが。
「――結果は一週間ほどで連絡します」
「はい。よろしくお願いいたします」
声もすごく好みだ。と内心呆けていた泉はそのあと数秒沈黙が落ちてようやく我に返った。
慌てて立ち上がって頭を下げる。この部屋を出るまでがいやこの会社を出るまでが面接だ。
慎重に慎重にと動悸を落ち着かせようと試みながら泉は「失礼します」ともう一度頭を下げて部屋を出た。
バックヤードを抜け4階から1階へ降り、そして外へ出て数メートル行き、泉は深いため息をついてへたり込んだ。
「……どうしよ。絶対受かりたいんだけど!」
就活に苦戦し、とりあえずもう4月だしバイトしなければと軽い気持ちで応募した今回。こんな出会いがあるなんて予想できたはずもない。
「……どうしよ。マジで好みなんだけどー!!」
4月の昼下がり、裏道ではあるが車の通りも人通りもあるというのに泉は高鳴る鼓動のまま空へと叫んだのだった。
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