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男の歩みは止まらない。
響にはなすすべがない。
どうにもならない現実が響を圧迫し、体が震え出す。だけど男は止まってはくれない。
(……渡せない、これは、あたしの大切な物なんだ)
神様なんて信じていなかった。だけど人というものは、追い詰められればありもしないものにすがる傾向がある。
それは響も同じことだった。
柄じゃないのはわかっている。
だけど、響にはそれしか出来なかった。
(誰か、誰でもいいから、助けてくれ…!)
呻くように、心中で助けを乞う。
こんな状況で来るはずがないのに、響はそんな奇跡を必死に願った。
「―――、なんだと?」
男の歩みが突如止まったのは響の言葉のすぐだった。
男は片耳に装着した無線機に意識を傾け、無線機の向こう側にいる人物の言葉に意識を注ぐ。
「馬鹿な、何故『聖域』に踏み入ることが………、まさか、他にもいたのかッ」
「…?」
男の様子がおかしいくらいしか今の響には読み取れなかった。
だが、何かが起きようとしていることは心のどこかで察していた。そんな気がしてならなかったのだ。
奇跡が起きるのか。
神様が答えてくれるのか。
「―――あーあ、めんどくさいことになったなぁホント」
―――その結末は、緊張感なんてものがない気だるげな声とともに訪れる。
奇跡が起きたのは本当かもしれない。
だが神様が答えてくれたというのは間違いである。
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