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「それに」
マスターも同じ方向へ視線を向け、言葉を続けた。
「私には、才君が何か別のことを考えているように見える」
「わたしにはいつもと同じに見えますけれど……そろそろ、居住棟も大丈夫ですよね? 今日はもう休ませていただこうかと思います」
「ああ、お疲れ様。ゆっくり休んで欲しい」
マリーは軽く一礼すると踵を返し、長い廊下を戻っていく。
「送ってやれば良かったかな」
「一人で歩きながら考えたい時もあるさ」
角を曲がり、その後姿が見えなくなった時、祥太郎の中でずっと引っかかっていた疑問が口から出ていた。
「……エレナさんって、誰なんです? 遠子さんも似たようなこと言ってたんで」
「マリー君の母君だよ」
答えはすぐに帰ってくる。
「前任の転移能力者でね。異界派遣の際、行方不明になった。……もう、一年になるかな」
「そう、なんですか……」
「彼女も才能と実力を備えた能力者であるし、『心配しないで』というメッセージを現場に残していた。何らかの意図を持っての行動だと、そう信じている」
穏やかな表情で言うマスターに、何も言葉を返せなかった。どこか漠然と考えていた『異世界』との隔たりは、こんなに大きなものなのだと、改めて感じさせられる。
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