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「……もう修復は終わったようだね」
少しの沈黙の後、マスターは話題を変えた。確かにアパートの揺れは、いつの間にか収まっている。
「皆も今日は休んでくれ。お疲れ様」
「はい。お疲れ様です」
「マスターも皆さんも、お疲れ様でした!」
「お疲れっす! ――あれっ? マリーちゃんも、もう帰ったん?」
「気づくの遅いなー」
三人が話している間にも、マスターは歩き始めていた。ポケットから出てきた手には、銀色に光る物が見えた。
◇
「なぁ、あそこ自販機とベンチある! 桜木ちゃん、ちょっと休まへん?」
「もうですか? 大して歩いてないでしょう」
アパートからの帰り道、友里亜がそんなことを言い出したかと思うと、さっさと自販機の方へと行ってしまう。桜木は渋々といった態度を隠さずについていった。
「だってもう夜なのに、暑いんやもん。熱中症、こわいんやで。――何だかんだで付きおうてくれるし、優しいとこあるよな。桜木ちゃん」
「だから大臣に貴女を連れ戻すように言われてるから、仕方なくです!」
「はい。アイスコーヒーでええ?」
語気を強めても屈託のない笑顔で缶を渡される。桜木はため息をつきながらも、それを受け取った。
「……いただきます」
それからベンチに並んで座り、しばらく無言で飲み物を飲む。
オレンジがかった街頭の下、二人以外はあたりに誰もいなかった。
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