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神聖エブルハイム帝国――王都・カルサス。
そこは北に山、南には海といった自然豊かな地であり、林業に漁業、街では製造業が盛んに行われており、商人にも人気の土地だった。
そのカルサス一の大きさを誇るロイト市場近くの路地に、一人の異様な男が立っていた。
この国には珍しい黒髪の男だ。服装はそこらの露店商などと変わらない質素な装いだが、手には長い太刀がある。
視線の先には、三人の男の姿があった。それぞれが剣などの武器を持ち、こちらを睨んでいる。
「店の利権をさっさと渡すなら、痛い目は合わずに済むぜ」
三人の内、一番恰幅の良い男が黒髪の男に言った。
「俺ら三人はな、裏の世界じゃちょいと有名でよ。『カラマーゾフの三兄弟』。知ってるだろ? 今日の俺は機嫌がいい。一分だけ待ってやる」
ほくそ笑みながら、言い放つが、
「その必要はない」
黒髪の男はため息をつき、
「俺も雑魚に構っている暇はないんだ。さっさとかかって来いよ」
これから嫌々子供の遊戯にでも付き合うかのように、冷めた表情を向けた。
「てっめぇ! ぶっ殺してやる!」
憤慨した三人は黒髪の男に襲い掛かる。
「動きが素人だ」
そう呟いた黒髪の男は、太刀も抜かず、ただ身を動かし三人の攻撃を避けていく。
「三人がかりだぞ……? な、何で当たらねぇんだよ……?」
恰幅の良い男が、驚きと焦りを混ぜたような顔をする。
「これがお前たちと俺との差だ。それが分かったらさっさとこの件から手をひけ。もし、どうしてもあの店の利権が欲しいって言うのなら、俺もそれ相応に相手をしなくちゃならんがな」
「避けているだけのくせに偉そうに……」
「なら、試してみるか?」
そう言い、黒髪の男は太刀の鯉口を切る。
「く、くそ!」
自分たちでも力量差を感じていたのだろう。三人はすぐさま身を翻し、去って行った。
「逃げることはいっちょ前か……もう出てきてもいいぞ」
肩口から後方へ声を掛けると、頬のこけた男が建物の影から姿を現した。依頼人の商人である。軽く一揖した後、おもむろにポケットから革袋を取り出し、黒髪の男に差し出した。
「これ、護衛のお金です」
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