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貴月が目覚めたのは、病室だった。
白い壁は、常夜灯の優しい光に照らされ、橙色を映している。
窓からは、外灯の灯りが静かに入り込み、ベットの周りを囲んでいる五つの後頭部に当たっている。
四つは妹で、残りの一つは倉石のものだった。
一つ残らず、穏やかな寝息を立てている。
「ああ、そっか……」
と呟いて、貴月は某ファストフード店での一件を思い出す。
最後の記憶は、バンズとパティが空中分解してしていく――まるでスローモーションのような――映像だ。
「痛っっ……あ、ははは……」
急に湧いて出たように感じた背中の痛みに、貴月は苦笑した。
背中にはくっきりと手形が残っていて、貴月は見るまでもなくそれを悟った。
「消えるかな、手形」
独り呟きながら、その手形の製作者こと倉石を見据える。
あの演説を、演説後の涙を思い出した貴月は、心にそよ風が当たった様な後味を感じる。
「倉石さん……こんな普通の身に何を背負って、
こんな普通の高校生で何を抱えて、
こんな普通の腕と手に……
どれだけのパワーためてるんだよ……」
怪奇とも思える怪力の腕に触れながら、貴月は言った。
最後も含めて、貴月の本音だった。
そして貴月は、倉石を間違っても起こさぬよう細心の注意を払って手を離すと、兄の窮地に駆けつけてくれた四人の妹たちの頭をそれぞれポンポンと撫でて、「ありがとう、お休み」と言うと、自分も再び眠りについた。
――そしてこれが、貴月の冒険の始まりとなるのである。
夏の暑さも影を潜める、午前零時のことだった。
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