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五月十五日、くもり。
屋上にいた蒼井に尋ねたことがある。
「その本ばかりどうして読むんだ」
「気に入っているからだ」
「どういうところが?」
「主人公のジョンが相棒を助けようと自身の身をなげうつところが」
「他に方法はないのか?」
「手ごろな方法じゃ掴めはしないんだ」
そう言って再び本に視線を向けた。紙に印字された本は何度も読み古されているようでボロボロだった。電子書籍にすれば軽く、汚れもしない。しかし、彼にはそれが相応しくないように思えた。
六月六日、夜。
今日は雨が降り続いていた。
委員長に選ばれ予定調和な日常が続いていた。いつも通り寮に全員帰ってきているか確認しはじめた。消灯時間がくれば騒ぎ出す者も出歩く者もいない、たいていは。星野の視界の端に制服の青が入り、足を止めた。ちょうど二手に分かれている場所の右側を向くと誰もいない。あとは真っすぐ行けば自分の仕事は果たされるのに気になってしまった。右に曲がり更に右を曲った。しかし、そこには何か違和感があった。先が行き止まりになっているわけではない。他の廊下と変わらない光景が広がっているだけ。
「そこで何してんの」
「蒼井」
振り向くと蒼井スバルがポケットに手を入れたまま立っていた。
「見回りをしているだけだ。蒼井こそ消灯時間にどこへ行くんだ。部屋はこっち側ではないはずだが」
「ついてくる?」
蒼井は足元の壁を蹴ると肩あたりにへこみができた。その仕掛けにとくに驚くこともない様子からすると何度も利用しているらしい。そして、液晶画面には一つ目が写り、すぐに金髪の青年へと変わった。蒼井は彼の前に立つよう手で合図した。星野は言うとおりに前へ立つと画面の中の少年が口を開く。
「あなたはだれですか。」
「俺はホシノミツキです。あなたこそだれですか。」
「わたしはマルタです。」
聞いたことがあるような響きだった。彼は一体誰なんだ。心の中がざわざわする。探していた魔物が顔を出してきた。いや、どうして魔物だとこの少年に感じたのか。もう後には引けない。ただ前に進むしかない。そんな気がこの時したのだ。理由も分からないこのざわめきをそのままにしておけないと脳が働く。
「マルタ。君の仲間に入れてくれないか」
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