ある夜

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名前はないと、どうして理解してもらえないのだろう。 もちろん怒りなどは感じない。自分がどうしてできたのかは知らないが、おそらく人と生きるためだ。善か悪かは別として。 人が好きか嫌いかも考えない。たまに面白いと感じるし、面倒だとも思う。それだけだ。 反対に主人は意味を見つけたがる。Jが生まれた意味。共に過ごす意味。 彼を脅威に感じる主人もいた。 おまえは自然だ、とその人は言った。自然に悪意はない。ただ時として人に牙を剥く。恩恵もあれば災いをなすこともあると。 Jは何も答えなかった。考えるということ自体、そのころはほとんどできなかった。黙る彼を主人は余計恐れた。そして崇めた。 ばかばかしい、と今は思う。人は人の尺度でしか考えられない。 あの主人はつまり、Jに適当な名前を付けたかったのだ。悪魔か、神か。 そのどちらでもない、むしろ何でもない、ということが理解してもらえない。 自然というならそうなのだろう。 Jは風だ。実体はないのに時として圧力を持って存在感を発揮する。風は家を吹き飛ばすかもしれない。だからといって悪魔か神かを判断する必要はない。 風は風だ。自覚も意図もない。敵にも味方にもなりようがない。  (了)
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