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ある夜
静かだ、とJは思った。
少し前までかまどに炭がくすぶっていたおかげで温かい床を、肉球でポトポトと踏む。心地いい。だがそれも長くは持つまい。まだ秋が終わる前の季節だが、山の中腹ということで、扉を開けると一気に冷気が流れ込んでくる。
夜は寒い。
そう思いながらJは玄関へ行き、扉を開けた。
鍵などはかかっていない。誰もこないのだから、かける必要もない。
この辺りには観光客も来ない。山の景色以外、特に観るものがないからだ。たまに間違って旅人が通りかかるくらいか。
夜風は思ったとおり冷たかった。Jは手を上げながら上を見た。
意味は特にない。そこには珍しくもなく、満月に近い月が出ていた。
しばらく月を眺めた。
特にきれいだと思ったからではない。ただ見た。他に彼の気を引くものがなかったから。
音がないわけではなかった。夏の盛りに比べればおとなしくなってはいるというものの、虫の声はいたるところで聞こえる。しかし木の葉をゆらす風の音と同じだ。特に興味はそそられない。
自分の手に視線がいく。月の光を浴びて白く見える五本の長い指。先端には短く切られた爪がある。
関節に皺がよっている。つるんとした肌。毛が、生えていない。
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