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「あたし、思うんですけど〝なれ〟っていうのは人間の中でけっこう恐い部分なんじゃないかって。あたしにも秘密がありますけど、それを始める時スゴク緊張して、すごい悪い事してんじゃないかって思ったりもしてたんですけど、いまではすっかりそんな感情も。なれちゃってんですよね。なれちゃってて、麻痺しちゃってて、でも確実にそれは、他の者から見れば、〝悪い事〟なんですよね」
「……悪い事?」
「ええ。そして悪い事をする時に、まず考えるべきことって〝自分〟じゃなくて〝他人〟なんじゃないですか?」
「そうよ! 榎木先輩は自分勝手よ!」
あかねが泣きそうになりながら、感情的にそう吠える。
「他人?」
「そうです。先輩のお話を聴く限りじゃ、先輩は自分のことしか考えてないみたいでしたね」
「自分の事を考えて何が悪いの?」
わけが分からないという表情の榎木に、冷たい視線を送りながら要は口を開いた。
「あなたには霊能力無いって言ったの覚えてますか? 由希はね、小さい頃から幽霊が見えてたんだそうです。それは決して良いもんばかりじゃなく、醜いもんだっていたらしい」
言って、要は由希を一瞥した。由希は自分の話を引き合いに出されて少し驚いた表情をしたが、うんと小さく頷いた。
「苦しい。助けて。血みどろの奴らがそう言って、由希に訴えかけてきたときもあったそうです。でもそんな奴らから由希を守ってくれる幽霊もいた。だから由希は優しさも、誰かを傷つける怖さも知ってる。幽霊見える奴らはみんなそうなんじゃないかってあたしは思います。だから、自分の都合を狂気で押し付けるあなたには霊能力なんてあるはずないとあたしは思うわけですよ」
要がそう言って榎木を軽く睨みつけると、由希は温かな視線で要を見つめた。要は本当に自分のことを信じてくれているのだとそう心から思えた。そして、もう一つ、要の背後にキラキラと光る魂の存在を見つけたからだ。誰なのかは知らないが、その二つの魂は由希にはとても温かいものに思えた。
(私が嘘をついてるって言うの? 私には霊能力があるのよ!)
榎木はそう叫びたかった。けれど、それをする事は出来なかった。
(――私は、なんのために霊能力に固執してきたんだろう?)
自分の望むものがなんなのか、彼女は解らなくなっていた。
そして、叱責された榎木は床に視線を落とした。
「……呉野は、あの時なんて……?」
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