第十一章・あなたを想う

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 * * *  榎木は、殺人の決意をした翌日に呉野に電話をして、あのビルの中で待ち合わせをした。「私の知っている事を話すわ」と言って。  榎木は早めに行って、隣のビルの女子トイレを確認した後、少しの間、呉野が来るのを隠れて待った。  呉野がビルへ入るのを確認してから、すぐに後を追った。もちろん、誰にも見られないように細心の注意をはらった。  榎木が中に入ると、呉野は亡霊のように階段の前に立っていた。中はとても薄暗く、榎木にはそう見えたのだ。呉野も同じだったようで、榎木の気配に気づくと、身体を小さく震わせた。 「何だ、榎木ですか。ここ、陰気すぎです。幽霊じゃないかと思ってちょっとビックリしました」  そう、安堵の顔を浮かべて微笑んだ。 「ごめんね。ここなら呉野の家から近いし、それに、人にあまり聞かれたくないから」 「分かりました」 「ごめんね。――ねえ、屋上に上がらない? ここじゃ、呉野の言うように、陰気だし」 「良いですよ。実はボクも、ここはちょっと……怖くて」  そう言って照れて笑う。  この人はなんて可愛いんだろう。と、榎木は思った。    臆病で、照れ屋で、思わず誰もが庇ってやりたくなる。それでいて自分の意見はきちんと言って、正しいと思う事を通そうとする。呉野はそういう女だった。榎木が何度、うらやましいと思った事か、彼女は知らない。  そう思うと、憎らしい気持ちになった。    でも、榎木は口の端を無理やり持ち上げた。  作り笑いはとっくになれていた。 「じゃあ、行こうか?」 「はいです」  その返事を聞いて、榎木は目線を下に向ける。  靴を見つめて、思った。 (――ああ、ここが夜、不良の溜まり場になっていて良かった)  ホコリが溜まったこの場所での、榎木の足跡も、呉野の足跡も、紛れさせてくれる。ああ……私は本当になれてしまったんだなぁ。と、悲しかったわけでも、自分が哀れだったわけでもなく、ただ榎木は、そう思った。 「何ボーとしてるですか、榎木?」  その声に榎木は顔を上げた。  呉野は階段を上り始めていた。 「ああ、何でもない」  榎木は首を振って、呉野の後を追った。  屋上の扉を開けると、太陽の光が目に差し込んで来た。クラクラする頭を揺すって、屋上に出ると、風が二人を吹き飛ばしそうに激しく吹いた。しかしそれはすぐにおさまって、呉野は「風、強かったですねぇ」と笑った。
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