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「――さっそく、話して良いかしら?」
「あ、はい。お願いするです」
榎木はその返事を聞いてから、わざと屋上の端に歩いて行った。呉野なら、榎木の後を追って、端近くまで来るだろうと狙っていた。端まで来ると、踵を返す。しかし呉野は、榎木の予想した距離までは来ていなかった。
警戒しているのだろうか?
「ねえ、もうちょっとこっちに来れば? 聞き取りにくくない?」
榎木が誘うと、呉野はコクリと頷き、榎木の予想した範囲に入った。大丈夫、この距離なら体格差も入れて、十分に、落とせる。と、榎木は内心でほくそ笑む。
「……呉野言ったわよね? 何か関わっているんじゃないかって」
「言いました」
「ええ、関わっているわ」
榎木が頷きながらあっさりと告げると、呉野は、やっぱりという悲しそうな表情を浮かべた。
「私が、殺したのよ。二人とも」
「……どうして、殺したりしたんです?」
その表情は、とても辛そうに見えた。榎木には、それが理解できなかった。何故、彼女はこんなにも辛そうに顔を歪めるんだろう?
「私の秘密を知っていて、それでいて『ばらす』と言ったから」
(呉野には、冷淡に聞こえたかも知れない)
そんな風を思った榎木に、呉野はさらに尋ねた。
「秘密って、何ですか?」
「それは教えられない」
「どうしてですか!?」
「どうしてもよ」
「榎木……その秘密は榎木にとって、どれほど大きい、重要な秘密だったですか?」
――人を殺すほどに。
呉野の顔には、そう書いてあった。その表情に、つい、自嘲したくなる。
「あれが無いと、私は生きていけない……それほどの秘密よ」
「その秘密を守るために、人を殺しても良いほどの秘密なのですか?」
呉野は、悲痛な表情を崩さずに言った。
言い方はあくまで静かだったけれど、榎木を責めた事に代わりはなかった。責められたくないわけじゃないけれど、それでも、呉野には一生解らない。――誰にでも愛される、呉野には――。そう思ったら、榎木は無性に腹が立った。
「今言ったじゃない! あれがないと、私は生きていけないのよ。あれがないと、あれをなくしたら……あんな生活に私が戻る事なんて私は許さない!」
「生活? 生活ってどんな――」
言いかけた呉野を榎木は睨みつけた。彼女は身震いをして、鬼を見たかのように顔を、身体を、硬直させた。
狂気が、あらわになる。
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