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高村を殺し、日吉を殺して、最近感情のコントロールが上手くいかない。
「虐げられた生活よ! 誰も私を人間として生きものとして見ない生活よ!」
榎木が叫んだ後、呉野が何かを言った。
だが、榎木は覚えていないし、思い出せない。
あの時、呉野は何て言ったんだろう?
覚えているのは、呉野の首を掴んで、肩を手すりに押し付けて、落とした感触と、落ちていく前の、哀しそうな顔。
榎木は、呉野に罪を被せるために、遺書まで用意したのに、何故かその紙を地面に置く事が出来なかった。
その事を思い起こして、榎木は自問自答を繰り返す。
――何故?
いったいどうして?
分からない……。
解らない……。
分からない……。
何故置けなかった? 呉野は何て言った?
何故呉野は、私に驚いた表情や、怨みの表情を見せなかったんだろう?
何故、あんなに哀しそうな顔をしたの?
* * *
「……先輩、あなたが呉野先輩にお守りを見せた事をあなたは忘れていても、呉野先輩が覚えていた理由はなんだと思いますか?」
要はぼんやりとする榎木に話しかけた。榎木の姿が哀れに思えて、何故か言わなければいけないような気がした。
榎木は我に帰って顔を上げて、頭を振った。
「それは多分、嬉しかったからじゃないですかね。自分だけに話してくれたことが。秘密を分け合えたみたいで。友達ならばなおさら」
「……友達?」
要はこくりと頷いた。
「あなたと、呉野先輩は友達だったんでしょう?」
「……」
ずっと張り詰めていた。
友達と呼べるものに囲まれていても、ずっと孤独だった。でも、望む者はすぐ、側にいたのだろうか。榎木の頬を涙が伝った。
「なんで、涙が出るの?」
榎木は自分の行動に驚きながら頬を流れた涙を拭った。
そんな榎木に、由希はおずおずと話しかけた。その声は、どこか優しく周囲に響いた。
「……先輩は、否定なさるかも知れないですが、わたしは、人間は罪を犯し、なれてしまった時、心を凍らせるんじゃないかと思うんです。……自分の醜さと、罪と……いろんなことに、押しつぶされないように……。心を凍らせて、狂わせて……動けなくするんじゃないかって、思うんです。だから、先輩も……きっと……」
由希を一瞥し、榎木はゆっくり瞼を閉じた。
その時、携帯の着信音が鳴り響いた。
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