第十一章・あなたを想う

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「私、本当はずっと呼びたかったんですよ」 「え?」 「優梨。綾香って――でも、なんだか気恥ずかしくていつまでも苗字で呼んでた」 「……」 「裏庭の温室は、よく優梨と綾香とお昼に一緒に過ごしたんですよ」  三枝は懐かしそうに優しく微笑んだ。 「私、確かに貴女の言うように、優梨が死んでから貴女をずっと疑ってた。でも、証拠はなにもなかったんですよね」 「……」  複雑な気持ちで榎木は三枝を見つめる。  ごめんなさい。本当に――。榎木がそう、謝罪をしようとした時だった。三枝はゆっくりと、榎木の肩に手をかけた。 「だから、優梨と綾香と親しくないふりをして、わざと厳しく接したんです。だって、そうすれば負けず嫌いなあの子達が〝犯人〟の元へ導いてくれる――」  にこりと微笑んだ、三枝の瞳が冷たい。  三枝は、榎木の肩に置いた手に力を入れた。  榎木の体がバランスを取ろうと斜めにねじれて、足がもつれた。 「――っ!」  抵抗むなしく、榎木はバランスを崩して、声も上げられず階段を転げ落ちて行った。螺旋階段を転げ落ちた榎木は、二階分落ちて、踊り場でやっと止まった。  そしてそのまま、ぴくりとも動かなかった。  榎木の姿が見えなくなった階段を、三枝は見つめていた。 「貴女は、それがないと生きられないと言った。私にとっての〝それ〟は優梨と綾香だったの」  その瞳は、まるでなにも写っていないかのように空ろそのものだった。  * * *  落ちる――解った瞬間、榎木の身体は妙な浮遊感に包まれた。  視界がぐるんと上へ行くと、要が螺旋階段の手すりから身を乗り出して、何かを叫ぼうとしているのが見えた。  だけど戸惑いからか、声にならず口をパクパクさせているだけのようだった。  分析が出来るなんて、意外と冷静なのね。榎木は自分自身にそんな事を思った。  身体が階段に叩きつけられる瞬間に、榎木の頭にとても優しい声が響いた。  〝榎木―〟 「榎木は、哀しいんですね。哀しくて、さびしいんですね。何も、誰も、信じられなくて、苦しくて……。その〝秘密〟を取り上げられたら、どうしようって、恐いんですね」 (――呉野だ)  榎木はそう悟った。
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