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鼓動が波打つ。必死で落ち着かせようと何度も深く呼吸をする。思考を乱すな。今、自分が考えるべきことはひとつだけ。
「私の役目……だ」
ふいに吹き込んできた風が、彼女の腰までの長い髪を乱暴に荒らした。
彼女は瞼を上げ、窓を閉めた。そしてそのままカーテンも閉めると、髪の毛を手ぐしで乱暴に梳いてから、同時にクローゼットまで歩き出す。
これから行うことのために、衣装を取りに行かねばならない。そのためにはまず寝間着から着替えなければ。
――リンリン、と呼び鈴の音がした。
扉には大きな鈴がついている。クローゼットの前からでは金色の呼び鈴自体は見えないが、一定のリズムを刻むその音に、彼女は誰が来たかをすぐに察した。
だが分かっていても、鈴が鳴ったときに口にする言葉は決められている。自分には分不相応なことだと思いながらも、教わった通りに大きく声を張って。
「誰だ」
「姫様。リーディナ参りました」
返ってきた声に、ほっと安堵の息をつく。予想通りの相手だ――声を和らげて、「入ってくれ」と続ける。
王城の一室にしては質素な扉――元は物置だったそうだから、当たり前だ――を重々しい動作で開けて、ひとりの若い女性が姿を現した。扉に一歩踏み入ると、その場で静かに跪拝する。何度やめてくれと頼んでも決してやめない、彼女の挨拶。
リーディナ・ウォレスター。彼女のたったひとりの侍女である。
首の後ろで結わえた長い髪は、爽やかな淡い金糸雀色をしている。光を浴びると美しく清楚に輝き、まるでほのかに発光するかのようだ。
それはシレジアではかなり珍しい色の髪なのだが、しかし彼女を知ったばかりの人間の印象に残るのは髪ではないと言う。
――瞳の、色の美しさ。
赤く燃える瞳は、シレジアにおいては女神に愛された証拠だった。体のどこかに“赤”に類する色彩を持つ者は、他人より秀でた魔力を持つ。
根拠に乏しいと叫ぶ学者もいるが、現にリーディナの魔力は飛び抜けて高い。
リーディナはすっと立ち上がると、彼女の主をまっすぐに見た。
まだ二十歳と若い世話係ながら、リーディナは常に落ち着きをまとい、日常でもすぐに不安にかられる主を視線だけでなだめてしまう。この侍女が傍に来ただけで心が安定する。
けれど、今夜は様子が違った。
リーディナの目は真剣そのものだ。それはこの不安の夜に主が負けないよう、励ましに来た目ではなかった。
「……父上がお呼びなのか」
「その通りでございます。お着替えをお手伝いいたします。失礼してもよろしいでしょうか」
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