プール

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手を口元にあてようとして気づく。左手に傘を持っている。真っ黒、つや消ししているみたい。プールでは必要ない。かんかん照りで雨など微塵も降っていない。でも無性にさしてみたくなった。すでに留め具は外れている。開こうと傘の軸に手をかけた。  「待って」 桃子に止められる。さっきとは違う真剣な眼差しに私は固まった。さしちゃだめ、そう制止するような目だった。桃子はプールサイドまで泳いで近づいてきた。  「その傘をさすのはもう少し後でもいいと思うよ」 そう言うと彼女は手を差し出してきた。私はその手をとると、すごい力で引っ張られて水の中に落ちた。ゴーグルがないから目が痛い。目の前にいるはずの彼女もいなかった。周りを見渡しても誰もいない。息が苦しい。私は急いで水面に顔を出した。   「由紀!!」 目を開くとそこには先生とクラスメイトの見知った女子の顔。あれ、どうしたの。口を開こうとして途端に咳き込み、水を吐いた。何が起きたの。  「大丈夫!?あんた泳いでいたと思ったら突然様子がおかしくなって、溺れてたんだよ!!」 溺れた?全くわからない。ゆっくり上体を起こす。下にはみんなのタオルが敷かれていた。頭がぐらっとする。額に手を当てて 「桃子は?」 「桃子?誰それ、そんな名前の子いないでしょ」 そばのプールを見てみる。日光が反射して水面がきらきらと光っているだけ。私は死にかけたのか。じゃああれは死後の世界?桃子は、何だったのだろう?傘は?不気味な体験をした後だったが、不思議と怖い気はしなかった。告白してみようかな。呑気にも私はそう考えたのだった。
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