第1話

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「今からでも遅くないわ。考え直しなさい。それとも彰吾、誰か好きな人が居るとでも言うの?」  執拗な母親の叱責に嫌気が差したのか、息子はフイッと視線を逸らせた。その拍子、喧嘩の様子を見ていた潤と目が合った。 「…………」  見詰め合う形になってしまった潤は言葉を失い、手に持ったカップを置く事さえできなかった。とっさに眼鏡を拭く様な振りでもしようかと思ったが体が動かない。何より、見ず知らずの男に正面から目を見詰められたのが恥ずかしかった。  焦る潤を他所に、息子は何か悪戯でも思い付いたように唇の端を歪めて笑った。その笑顔で母親に向き直ると自信たっぷりに言い放った。 「悪ぃが今から『お楽しみ』なんだ。邪魔すんじゃねぇよ」 「な、なんですって!」  金切り声を上げる母親に背を向け、彼は軽やかな動きでフェンストレリスを飛び越えた。テラスに降り立ち、滑るような足取りで潤の元へやって来る。 「行くぞ、立て」  腹の底に響く命令に潤はビクッと肩を震わせた。背筋を撫で上げる渋い声に抗えない。  うろたえる潤の胸中など気にした風も無く、彼は両親の前で大胆な行動に出た。突然、潤の唇を自分のそれで塞いだのだ。  濃密なキスだった。  潤は椅子に座ったまま上を向き、顎を前に突き出す格好で見ず知らずの男のキスを受けた。     
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