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二人の間で眼鏡が不都合そうに揺れる。だが男は器用に顔の位置をずらし、何度も角度を変えながら舌を絡ませてきた。ほのかに香る紅茶がキスの甘さをより強く潤に印象付ける。
奥手で自己主張が苦手な潤にもキスの経験ぐらいはある。三十歳を目前に控えているのだから当然だ。
だが息を忘れる程に甘く濃いキスは初めてだった。思わず手を伸ばし、潤は自分の顎を掴んでいる腕に縋り付いた。
「……ぁっ……」
唇が離れた時、熱の篭った溜め息が漏れた。全身から力が抜けて行く。
何も言えずに居ると強引に立たされ、強く胴を抱かれた。
「ま、待ちなさい! 彰吾!」
「彰吾!」
ぼんやりと叫び声を聞きながら潤は男の腕に身を任せてテラスを後にした。
余計な干渉をしない気配りのできる店員は「ありがとうございました」という挨拶と一緒に満面の笑みで見送ってくれた。
晴天の霹靂――。
まさに文字通りの事が起こった午後であった。
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